◎21年11月


幻月と探偵の表紙画像

[導入部]

 昭和13年、日本が実質支配する満州国の哈爾浜(ハルピン)で、月寒三四郎は探偵事務所を開いていた。 彼は官僚・岸信介から依頼を受ける。 岸の秘書を務めていた瀧山秀一という男が、退役陸軍中将の小柳津義稙の家で行われた晩餐会に出席した翌日に死亡。 死因は表向き急性胃腸炎ということになっているが、その晩餐会の席でリシンを盛られた可能性が非常に高いという。 犯人は誰か、またその目的は。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 幕末、明治期を舞台とした本格推理ものを続けた作者が、今回は太平洋戦争間近の満州国を舞台に私立探偵を主人公とした設定。 不穏な時代の空気感、満州という異郷の土地の雰囲気がよく出ているし、物語には適度に実在の人物も織り込まれている。 事件に対し主人公が丹念に調査を進めていく様子が丁寧に描かれており、全体に語り口、話の流れが滑らかで読みやすい。 怪しげな人物を多数配し、第二、第三の事件も間断なく起きて飽きさせず面白い。


もろびとの空の表紙画像

[導入部]

 ときは戦国の世、東播磨の雄、別所家が本城とする三木城は、三木川南岸の小高い山に築かれていた。 十六歳の加代の暮らす小林村は城から南へ十五町ほどのところにある。 加代は父・室田弥四郎と妹、弟の四人で暮らし、自前の田畑はあるが年貢を納めてしまえば一家が食べていくのがやっとだった。 加代は、別所家の当主、長治の叔父にあたる吉親の妻、波の方が率いる女武者組に入ることになった。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 戦国末期、実際にあった秀吉による三木城攻めが描かれた時代人間ドラマ。 家族を守るために戦う覚悟を決めた娘を話の中心に据え、信長に反旗を翻した別所家の壮絶な戦いとその末路が描かれる。 城に籠もった武士も領民も秀吉の兵糧攻めにより過酷な飢餓状態に追い込まれるのだが、畜生道にまで落ちていく凄惨な極限状況がリアルで凄い。 悲惨な戦いの話ではあるが、つまらぬ意地にこだわる武士よりもはるかに強い民の逞しさが印象に残る。


探偵になんて向いてないの表紙画像

[導入部]

 権藤研作は2度の離婚と失職で路頭に迷っていたところを、10年ぶりに出会ったカゲヤマに拾われる。 編集プロダクション兼広告制作会社を立ち上げていたカゲヤマは、権藤をライター及び編集補助として雇う。 そのカゲヤマがある日、唐突に事業拡張で探偵事務所を開き、それを権藤ひとりに任せると言い出す。 警察に開設届を出し、ウェブサイトを立ち上げると、開業から八週目、LINEに依頼メッセージが入る。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 半ば強引に始めさせられた即席の素人探偵が、舞い込む依頼に悪戦苦闘するユーモアミステリー。 依頼は人探しや浮気調査といったところで案件ごとの6話で構成されている。 尾行対象者を見失いばったり鉢合わせなどという失態も多く、クールな探偵は気取りだけなのが面白い。 依頼内容を超えて他人の人生に踏み込んでしまうような人情味のある探偵だ。 派手で大きな出来事があるわけでもなく、展開もじれったいところが多いが、心地良いお話でした。


ウォーターダンサーの表紙画像

[導入部]

 19世紀半ばのアメリカ・ヴァージニア州。 黒人の奴隷ハイラムは奴隷主である白人の父と奴隷の母との間に生まれた。 彼は幼い頃から並外れた記憶力を発揮した。 歩くよりも前にしゃべり出し、一度聞いただけで歌が歌え、どんな物語もハイラムには二度話す必要はなかった。 九歳のときに母が売られてしまい、五人の子どもを奪われたシーナと暮らした。 十一歳のハイラムは大人の男のように労働させられた。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 かつてのアメリカの奴隷制を題材にした怒りと哀しみのドラマ。 こういった作品が出版され、好評を持って迎えられベストセラーとなるのがアメリカの強みだろうか。 神秘的な力を持った黒人男子を主人公に据え、マジックリアリズムの技法を使った小説だ。 奴隷の逃亡を助けるネットワークの「地下鉄道」を使った主人公らの逃避行はスリリング。 文章は少々抽象的・観念的で説明不足と思われるところもあるのだが、スケールの大きな、印象に残る作品だった。


ブルースRedの表紙画像

[導入部]

 影山莉菜は亡き義理の父、影山博人の地盤を引き継ぎ、道東、釧路の街の政治、経済を裏社会から牛耳っている。 莉菜の脇には常に運転手兼用心棒の齋藤弥伊知が付き従っている。 彼は長く博人の用心棒だったが、主を守れなかったことを悔いている。 莉菜の願いはただ一つ、亡父の血を引く武博を代議士にすることだ。 武博は今は酒店の女将をしている女が産んだ博人の子。 武博は優秀な子どもだった。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 道東のアウトロー、影山博人を中心に描いた
「ブルース」に続き、博人の義理の娘を主人公に据え裏社会から描くハードボイルドノワール。 時間の経過に合わせて綴られた25ページほどの短編10編。 裏社会を牛耳るフィクサーという設定、邪魔者は文字通り消すというやり方などには、もはや古さを感じさせ現実感が薄い。 また桜木節とも言えるいつもの独特の文章・言い回しも今回は少々しつこさを感じさせた。 最終章もしっくりこない、余分な印象だった。


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