◎19年9月


緋の河の表紙画像

[導入部]

 秀男は港湾の運輸会社に勤める家長、時次郎の一家の次男。 秀男はどこへ行っても可愛いと褒められた。 姉の章子と遊んでいるうちに、姉を真似て自分のことを「アチシ」と呼ぶようになった。 秀男の願いはきれいになることだ。 釧路の駅前通りに土埃が舞う四月、秀男は小学校へ上がった。 背が小さく可愛い顔、女言葉で喋る秀男は入学式の翌日から「なりかけ」という仇名を付けられた。 女に「なりかけ」だと言うのだ。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 カルーセル麻紀をモデルとした物語。 ただし家族構成、登場人物、出来事のほとんどは虚構だという。 主人公の希望はとにかくきれいになること。 偏見ばかりの時代、他人に何を言われようが、どう思われようが、自分の生きたいように、自分を信じて進んでいく主人公の潔さが気持ちいい。 もとは新聞連載ということで、かなりの長編だが、波乱に富んだ紆余曲折ある物語はたいへん面白い。 さまざまな障害をものともしない主人公のたくましさに圧倒される。


いるいないみらいの表紙画像

[導入部]

 35歳の堀知佳は中堅の総合日用品メーカーの業務部に勤めている。 夫の智宏はホームセンターの園芸コーナーで働いており、年収は知佳の方が多い。 二人は32歳で出会い、結婚した。 実家に来るのは半年ぶりだった。 妹の佳奈が里帰り出産をしに帰ってきたのだから会いに来なさい、と母から命令口調で言われたのだ。 昔から母はなんでも「早く早く」のかけ声が口癖。 母の次の目標は知佳の妊娠だ。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 子どもを持つこと、親になることを巡る40ページ程度の5つの短編からなる作品集。 それぞれの主人公の年齢は20代から50代とさまざま。 子どもを持つ、持たない、子どもができる、できない、思いがけず子どもを失うなどの事柄に、登場人物たちがそれぞれの考え方で“いる未来”、“いない未来”の幸せを求めていく。 いろいろな思い、考え方が提示されるが、深刻な描き方ではない。 どの話も短くて深みはないが、スッキリした印象の短編集だ。


カルカッタの殺人の表紙画像

[導入部]

 1919年4月、イギリス統治下のインド東部最大の都市カルカッタ。 スコットランド・ヤードの刑事だったサミュエル・ウィンダムは、イギリスで妻を亡くし失意の底にいたときに誘われて、インド帝国警察の警部として働くことにした。 赴任してまもなく、インド人居住区の売春宿の近くでイギリスの高級官僚の死体が発見される。 死体は喉を掻き切られ胸を突き刺され、丸められた血まみれの紙切れが口に押し込められていた。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 英国推理作家協会の最優秀歴史ミステリ賞受賞作。 経験豊富だが人生に倦み疲れ阿片の力を借りることもあるイギリス人警部と、若いインド人刑事のコンビが、政府高官の殺害事件に挑む。 抵抗運動の闘士なども絡んで事件の謎は広まり、政治的様相も呈していく。 統治軍と警察との軋轢も深い。 当時のインド人社会の雰囲気やイギリス統治との緊迫した関係が興味深く、ミステリとして比較的読みやすく面白い。 タイムリミットも設けたりして十分に楽しめる。


いけないの表紙画像

[導入部]

 海岸線に沿って走る白蝦蟇シーライン。 そこを南下すると左手に現れる弓投げの崖。 二つの鋭い断崖が海に向かって突き出しており、地方有数の自殺の名所になっていた。 車を運転中は決して崖を見てはいけないと言われている。 安見邦夫のセダンはシーラインを走行し崖を過ぎてトンネルに入った。 するとトンネル出口あたりに車が停まっていた。 車線変更してやり過ごそうとするとその車がいきなり動いた。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 一部の登場人物がつながる形式の4編の連作推理短編集。 縦横に仕掛けを施した叙述トリックミステリーで、真相は巧みに隠されており、騙される面白さがある。 各編の最後のページにネタを明かすという写真が付いているのだが、読み方が悪いのか勘が鈍いのか、それを見ても理解できるものとできないものがある。 最終話が済んでもすべてを明解に解き明かすのではなく、読み手の想像に任せる部分もあるようで、ちょっともやもやした感じだ。


掃除婦のための手引き書の表紙画像

[導入部]

 ニューメキシコ州アルバカーキにあるコインランドリー。 奇妙なのはここ一年ほど、背の高い年寄りのインディアンとわたしがいつも同じ時にその店に来ることだった。 同じ時刻ではないが、いつ行っても向こうが先に来ていた。 その店でインディアンとわたしは何か月も口をきかず椅子にただ並んで座っていた。 彼はいつもジム・ビームをちびちびやりながらわたしの手を見ていた。(エンジェル・コインランドリー店)

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 高校教師、掃除婦、電話交換手、事務員、救命救急室の看護師、刑務所の教師など紆余曲折ある、作者ルシア・ベルリンの実人生そのものを素材としたという短編集。 削ぎ落としたような荒々しく剥き出しの言葉が並ぶ文章だが、かつ繊細で詩的な描写と感じさせるもので、不思議な雰囲気を持っている。 24編が収録されており、印象に残る作品は多いが、刑務所の文章クラスを受刑者の側から描いた「さあ土曜日だ」が物語としては最も面白かった。


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