◎19年12月


厳寒の町の表紙画像

[導入部]

 地面に厚い氷の張る一月のアイスランド。 レイキャヴィク警察の犯罪捜査官エーレンデュルは通報を受け、現場へ駆けつけた。 集合住宅の中庭に十歳くらいの少年の死体。 腹部を深く刺されて殺されていた。 少年の母親はタイ人で、アイスランド人の夫と去年離婚し、工場で働きながら二人の息子と暮らしているという。 その少年の十五歳の兄の行方も分からなくなっていた。 もう帰宅していい時間を過ぎている。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 
「湖の男」に続くエーレンデュル捜査官シリーズ邦訳第5作。 相変わらずエーレンデュルの娘、息子との交流などを織り交ぜながら濃密なドラマが綴られる。 今までの諸作は過去の事件の掘り起こしのような面があったが今回はリアルタイムの事件。 テーマも世界中で問題となっている移民問題を取り上げていて興味深い。 捜査劇としては、何となく事件解明に至ってしまったような印象で面白みに欠ける。 辿りついた事件の真相も、重苦しく救いのないものだった。


欺す衆生の表紙画像

[導入部]

 悪辣な詐欺商法を働いているという横田商事の会長の住むマンション。 今日野川会長が逮捕されるという情報が流れ、マンションの通路は押し寄せた報道陣で溢れ返っていた。 そこに大型ナイフを提げたヤクザとも堅気ともつかない二人組の男。 二人はガラスをたたき割り、室内に侵入。 そして室内から凄まじい絶叫が聞こえ、返り血を浴びた二人が出てきた。 横田商事の新入社員の隠岐は会長の死に顔を見た。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 豊田商事事件を思わせる場面から始まり、原野商法、和牛商法等々、人を欺して金を稼ぎ金融世界でのし上がっていく男を描く。 やむを得ず手を染めてから、やがて自ら進んで欺しの道を突き進み、極道の世界にもどっぷり浸かっていくようになる主人公の転落の人生。 500ページ超えの欲望の長編ドラマで、下衆で唾棄するような振る舞いの主人公だが、物語は読み手を終始ぐいぐい引っ張って離さない面白さがある。 今年の山田風太郎賞を受賞した。


刀と傘の表紙画像

[導入部]

 慶応三年、大政奉還に続き王政復古の大号令が天下に向けて放たれた冬の京都。 尾張藩士の鹿野師光は、福岡黒田藩の論客である五丁森了介のいる麩屋町通の一角の古びた町家を訪ねる。 五丁森は開国交易論を主張し、藩の帰国命令を無視して京に残留していた。 そこで師光は五丁森から佐賀藩士の江藤新平を連れて来るよう頼まれる。 師光と江藤が町屋へ戻ると五丁森は無残に斬り殺されていた。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 明治時代初期の京都を舞台に、近代日本の司法制度の礎を築いた江藤新平と政府の司法顧問となる鹿野師光を主人公としたミステリー連作短編5編。 “明治京洛推理帖”の副題のとおり、ほの暗いトーンの時代の雰囲気が全編を通し鮮やかに出ている。 推理テーマも、密室あり、犯人を早々に割っての偽装トリック破りなど一編ごとに趣向が凝らされ、いずれも余韻を持った終わり方で楽しませる。 作者のデビュー短編の連作化だそうだがなかなか見事。


11月に去りし者の表紙画像

[導入部]

 1963年。 ニューオーリンズのギャングの若手幹部のギドリーは人生を謳歌していた。 1月22日、テキサス州ダラスでジョン・F・ケネディ大統領が暗殺される。 その数日前、ギドリーはボスのカルロスに命じられ、ダラスで逃走車の手配をしていた。 まさか自分はケネディ暗殺の片棒を担がされたのか。 ボスは証拠を消すため事件に関わった者を次々と闇に葬っているらしい。 ギドリーは急ぎ西へ向かい逃亡する。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 
ハメット賞他ミステリー関係賞を多数受賞。 物語はギドリーと、彼を執拗に追う非情な殺し屋バローネ、幼子2人を連れて家出しロサンジェルスを目指すシャーロットの3人の語りで進んでいく。 とりわけギドリーとシャーロットたち、バローネと運転手の黒人少年、それぞれが出会い巡るところはロードノベル好きの私にはたまらない。 ケネディ暗殺事件を上手く取り込み、追う者、追われる者の緊迫感が全編を覆っているし、ギドリーとシャーロットの恋情も心に沁みる。


なめらかな世界と、その敵の表紙画像

[導入部]

 うだるような暑さで目を覚まして、カーテンを開くと、窓から雪景色を見た。 夏も盛りになってきたけれど、朝起きて真っ先に、降り積もる雪を窓から眺めるのが、あたしの日課だ。 よし大雪だ!今日は学校休めるぜ!という選択肢を自分に見せておくことで、何となくラクな気分になる。 雪見物は、朝、布団から這い出す気力を生み出すための儀式なんだ。 階段を下り、キッチンに辿り着き朝食を摂り始める。(表題作)

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 SF作品全6編。 冒頭の並行世界を描く表題作から、難解というのとも違うが、どうにもついていけない状態。 その後の作品も作者の創造力の凄さは認めるけれど、まるで異次元の話で、理解しようともこちらの頭が回らないという苦しい読書となった。 そして6編目「ひかりより速く、ゆるやかに」。 新幹線が乗客もろとも時間の檻に閉じこめられてしまう話だが、これはいい。 とっつきやすく十分楽しめた。 他編もこのレベルくらいに合わせて(?)くれれば4つ星。


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▲ ハメット賞

 国際推理作家協会の北米支部が、アメリカ及びカナダの優れた推理小説やノンフィクション作品に毎年授与しているミステリーの文学賞。
賞の名前はもちろん作家ダシール・ハメットに由来したもの。