◎21年7月


殺した夫が帰ってきましたの表紙画像

[導入部]

 鈴倉茉菜は都内のアパレルメーカーに勤めている。 穂高は仕事で知り合った取引先の男。 上司のアシスタントとして打ち合わせに出向いていたが、最近穂高は直接茉菜に連絡を取ってくる。 仕事以外での連絡も多く、連絡だけでなく「偶然」会うことが多くなった。 今夜は8時過ぎに仕事から自宅アパートに帰ってきた。 カバンから鍵を出し鍵穴に差し込んでいると背後から名前を呼ぶ声が。 どうしてここに穂高が。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 取引先の男にストーカーされ、危ういところを助けてくれたのは5年前に崖から転落死したはずの夫だった。 序盤に題名そのものの衝撃の展開を据えてあるが、後半にも大きな驚きが用意されている。 前半はモヤモヤした空気が漂っている感じだが、後半はそれが徐々に晴れていくなかなか巧みなストーリー。 扱っているのは記憶喪失やDVといったありきたりな題材もあるものの、それでも後半にかけてサスペンスは盛り上がっていく仕掛けで、面白く読ませた。


宇宙の春の表紙画像

[導入部]

 宇宙の深淵のなかにかすかな輝きが。 わたしが目を覚ましたのはそのせいだ。 島船のタンクに残されているエネルギーはほとんどなくなっていた。 わたしは進路を変え、ことによると宇宙最後の星かもしれないものにまっすぐ向かう。 宇宙は真冬だ。 それが六・七兆年にわたる調査のうえでわたしが下した結論である。 わたしは島船を操縦し、恒星から恒星へ飛び移りながら、消えつつある炎を刈り取ってきた。 (表題作)

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 日本オリジナルのケン・リュウ作品集の第四弾。 ハードSFからファンタジーまで変幻自在のヴァラエティに富んだ、数ページから70数ページの10編で、表題作を除き本邦初訳。 興味深く面白い作品は多いが、第二次大戦時の満州の七三一部隊の悪魔の所業を題材とした「歴史を終わらせた男−ドキュメンタリー」が一番の傑作であり政治的な問題作。 メタモルフォーゼの冒険話「灰色の兎、深紅の牝馬、漆黒の豹」も躍動感に満ちた戦いの作品で楽しい。


鬼哭の銃弾の表紙画像

[導入部]

 小さなスーパーの駐車場で男は車を降りた。 夜9時を過ぎ、スーパーは閉店時間を迎えた。 店内に残っているのは店長を含め三人。 男はウエストポーチの中から拳銃を抜いた。 2階の事務所のアルミ製のドアが開き、若い女性店員ふたりと中年の男性店長が姿を現した。 男は外階段を駆け上がる。 「マネー! カネをよこせ、急いで」 男は不良外国人を装って迫り、三人を突き飛ばして事務所の中へ押し込んだ。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 実際にあった未解決のスーパー店員射殺事件に材をとった警察小説だが、かなりのバイオレンスものだ。 終盤いよいよ明らかになっていく事件の真相も興味深いが、この作品の読みどころは繰り返される暴力描写。 格闘、刃物、拳銃、散弾銃と物語が進むにつれ派手になっていく。 事件を追うのは元刑事の父親と現職刑事の息子。 ふたりの確執もこの物語のポイントだが、父親の度を超したDVが実に不愉快で、和解もなく終わるのも致し方ないところか。


ブート・バザールの少年探偵の表紙画像

[導入部]

 ジャイはインドのスラム地区に一家で住んでいる9歳の少年。 学校の4年生だ。 7年生の姉のルヌは足が速い陸上選手でリレーメンバーに入っている。 ジャイと同じクラスの吃音の生徒バハードゥルが行方不明になったようで、母親がスラム地区中を駆けずり回って息子を捜している。 警察に相談しに行っても追い払われるだけだ。 ジャイは友だちの読書好きの少女パリとムスリムの少年ファイズと一緒に学校へ行く。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長編賞受賞作だが、なんとかミステリーとは言えると思うが、少なくとも推理劇ではない。 子供の連続失踪事件が描かれるが、その真相は意外とあっけなく訪れる。 この作品の読みどころは語り部となる9歳の少年の目を通してみたインド社会の現実にある。 探偵役となる少年の語りは生き生きとして、変に大人びていないところも良く、素直で率直にインド社会の矛盾、貧富の差、宗教の違いによる断絶などを鋭く指摘している。


泳ぐ者の表紙画像

[導入部]

 徒目付の片岡直人は、事に及んでなぜその事件が起きねばならなかったのかを解き明かすことを上役から求められていた。 今回の事件は、元勘定組頭で68歳だった男が重い病で3年前に長子に家督を譲っていたが、致仕する前に離縁していた妻女に懐剣で殺められたというもの。 離縁から三年半も経ってから病状が重くなった元夫を手にかけるのは解せないことだった。 片岡は長子や牢の妻女から聴取する。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 若い徒目付を主人公に据えた時代ミステリーで、
「半席」に続く作品。 事件関係者の“動機”を探っていく。 前作が短編集なのに対し今回は長編だが、話は武家の妻女による離縁した主人の殺害事件と、川を泳いでいた男が武士に斬殺された事件の二つが描かれる。 いずれも不可解な謎をはらむ事件なのだが、それを解く主人公の思考が理屈っぽく、文章も回りくどくて堅い印象で、ちょっと我慢の読書という感じ。 前作の方がテンポが良かったと思った。


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