◎16年12月


半席の表紙画像

[導入部]

 二十六才の片岡直人は徒目付となって二年。 一刻も早く勘定所に席を替え、旗本に駆け上がらなければならないと焦っている。 片岡家は父の代で初めて小十人入りを果たしたが、その役で終わり、直人に代替わる前に無役に戻された。 片岡家が代々旗本を送り出す永々御目見以上の家になるためには二つの御役目に就かねばならない。 今の片岡家は”半席”なのだ。 徒目付はわるくない御役目ではあった。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 若い徒目付の主人公が、組頭から頼まれる本来の職務を超えた御用を迷惑に思いながらも引き受ける連作短編6編。 頼まれ御用で求められるのは、なぜその事件が起きねばならなかったかを解き明かすことだ。 人の感情の綾をひもとく時代劇ミステリー。 各編の設定、真相ともよく練られた話で面白いが、いかんせん短いため謎解きの妙味はない。 単行本化にあたり改稿したというが、主人公の境遇を毎回細かに説明するのは省けなかったか。


すべての見えない光の表紙画像

[導入部]

 1944年8月7日、フランスの古くからの城壁に囲まれた街サン・マロ。 ドイツ占領下の街に、市外退去を住民に勧告するビラがまかれた後、連合軍の爆撃機や歩兵部隊が近付いていた。 町の一角の家では目の見えない十六歳の少女、マリー=ロールがひとりかがみこんでいた。 一方、要塞として使われている”蜂のホテル”には、十八歳のドイツ人二等兵、ヴェルナーが地下室へ避難しようとしていた。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 図書館本だがぜひ手元に置いておきたい、読み終わりたくないと思わせられた。 物語は連合軍のサン・マロ進撃の1944年8月をクライマックスに、フランス人少女マリー=ロールとドイツ軍の若者ヴェルナーの10年前からの物語が、たくさんの短い断章で時間を前後して語られていく。 長尺だが、戦時下における二人の運命、小道具として使われる伝説のダイアモンドの行方など実にドラマチックな物語でもある。 静かな余韻のエピローグも素敵だ。


幸せなひとりぼっちの表紙画像

[導入部]

 59才のオーヴェは、妻に先立たれ、仕事は早期退職に追い込まれ、40年は住んでいるテラスハウス団地で、ひとり孤独な日々を送っていた。 毎朝5時45分に起床し、近所の見回りに出る。 来客用駐車場に24時間以上停めている車はないか、共同ゴミ置場でしっかりゴミが分別されているか。 誰かが率先して動かなければ秩序が乱れてしまう。 妻の後を追うため、電話加入権と新聞購読は解約した。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 自分の主義、ルールに合わない者に対しては容赦なく非難し、徹底抗戦する偏屈な頑固オヤジが主人公。 そのガンコっぷりは外から見る限り痛快そのものだが、一方、最愛の妻に先立たれ、一日も早いあの世での再会を願う姿はひたすら悲しい。 オーヴェを取り巻くご近所さんたちとの濃い交流もなかなか現代社会では見られないだろうが、少々芝居じみた下町風の人情喜劇として笑って泣ける。 妻が乗り移ったような猫とのやりとりもいい。


浮遊霊ブラジルの表紙画像

[導入部]

 私は自宅で倒れ72歳で死んだ。 私はどうしてもアイルランドのアラン諸島に行きたかったのに、生まれて初めての海外旅行に行く前に死んでしまった。 妻が亡くなって5年、町内会の活動に精を出し、町内の海外旅行に行ったことのないメンバーでアラン諸島に行くことを決めた三週間後に死んだのだ。 幽霊になってどこまでも漂っていけるかと思ったら、生前徒歩で行けた範囲までしか浮遊できなかった。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 2,30ページの短編7編。 冒頭の川端康成文学賞受賞作「給水塔と亀」の巧みな状況・情景描写と緩やかな空気もいいが、死後の世界を扱った表題作と「地獄」の2編がすこぶる面白い。 表題作はさすが死後で、達観してふわふわと漂うような雰囲気が良く出ている。 また「地獄」は、こんな地獄の描き方もあったのかと目からウロコ、この発想凄いなと感心したお話。 その他の作品も短いながらちょっと常識を超えた着想と描写で楽しませてくれた。


傷だらけのカミーユの表紙画像

[導入部]

 パリ警視庁のカミーユ・ヴェルーヴェン警部の恋人アンヌは、ショッピングアーケードの公衆トイレに入ったところで二人の男と鉢合わせした。 黒ずくめの服装にショットガンを持った男たち。 急ぎ目出し帽をかぶった男は銃でアンヌを殴りつけ、さらに足蹴りされアンヌが気を失うと、二人は彼女を引きずりながらトイレを出て宝石店に向かった。 店に押し入るなり店員を銃で殴り、ショーケースの宝石を奪う。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 カミーユ・ヴェルーヴェン警部シリーズ3部作の
「その女アレックス」に続く最終作。 前作同様、後半途中で話の様相は一変する。 読後、思わず読み返してしまったが、なかなかに鮮やかな書き方。 また真犯人もさほどの意外性はないが、よく練られたプロットには感心する。 一方、ヴェルーヴェン警部は本作で相当に無茶な独走を続けるのだが、その理由がちょっと強引だったような気も。 後味は良くないが、スリルに満ちた物語で満足度は高い。


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