◎20年7月


江戸の夢びらきの表紙画像

[導入部]

 寛文7年(1667)の江戸。 間宮十兵衛は元北条出羽守の家臣で御家断絶後、諸国を流浪した後、娘の恵以とともに江戸に来た。 目の前では断食する師に先んじて弟子僧が土中に入定しようとしていた。 群集の南無阿弥陀仏の大合誦に急かされるように僧は穴へ飛び降りる。 それっとばかり盛り土からすくい取られた土塊が次々と穴に放り込まれ、穴の底にいるはずの僧侶に浴びせられるのを恵以は茫然と見ていた。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 歌舞伎役者初代市川團十郎の波乱万丈の生涯と二代目團十郎の苦闘が描かれた史実に基づくフィクション。 もちろんその行状を史実に則ってなぞっていくだけのものではなく、團十郎や妻となる恵以の感情も豊かに表現され、読んで面白いものに仕上げられている。 当時の江戸や上方の歌舞伎世界のあり様、幕府の対応、世情など興味深い。 序盤は少し文章が硬い印象だったが、あとはこの人気役者の波乱に富んだ生き様を、魅せられるように読んだ。


三体Uの表紙画像

[導入部]

 三体艦隊の太陽系到達まであと4.21光年となった危機紀元3年。 人類のあらゆる活動は三体文明から送り込まれた原子より小さいスーパーコンピュータの智子によって監視されていた。 そんな中、国連は惑星防衛理事会を設立し、地球防衛計画を推進することとし、侵略者に対抗する手段として「面壁計画」を発動。 人類を救う秘策は智子も覗き見ることのできない4人の面壁者の頭の中で練られることになる。

[採点] ☆☆☆☆★

[寸評]

 全世界2900万部突破というSF巨編3部作のパート2。 本作は三部に分かれ、一部と二部では国連に選ばれた4名の面壁者の苦闘が描かれ、三部では2世紀後、三体艦隊に先行する探査機と地球艦隊との遭遇が茫然とするほどの大迫力で描かれる。 そして中国人面壁者のまさに乾坤一擲の大勝負が凄い。 ハードSFの要素は
パート1「三体」よりさらに薄まってエンタメ小説として読みやすく、まるで先の見えない展開に随所で驚かされる。 超絶面白本だ。


たおやかに輪をえがいての表紙画像

[導入部]

 絵里子、52歳の主婦。 25歳で結婚し、32歳で娘の萌を産んだ。 夫と3人、分譲マンション暮らしだ。 萌は大学二年、夫の定年まであと六年、マンションのローンもほぼ完済。 自分の人生は穏やかに終わりに近づいていると思っていた。 洗濯物の始末をしているとき、クローゼットの中の夫のスーツの下に派手なポイントカードが落ちていた。 それは店舗型美少女専門という謳い文句の渋谷の風俗店のものだった。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 夫は性風俗通いしている、死んだ父は不倫していた、娘は危険な恋愛と、平凡な主婦につきつけられる思いがけない家族の真実。 彼女は家を飛び出し、高校時代の友人を頼る。 衝撃の展開の後、彼女が徐々に自立していく様子が描かれる。 そこがちょっとうまくいきすぎているような、また全体に女性の描き方が古い感じで、作者の作品としては物足りない。 張り詰めた感情描写も弱い。 女性は共感する人もいるだろうが、あまり読みたい話ではなかった。


果てしなき輝きの果てにの表紙画像

[導入部]

 ミッキーはフィラデルフィア市警の女性パトロール警官。 11歳年上の新人警官ラファティとパトカーに乗り込んでいた。 線路脇に遺体、おそらく薬物の過剰摂取、との通信係からの連絡を受け、パトカーを現場へ向ける。 遺体は妹のケイシーではないかと考えるのを止められない。 現場に着く。 若い女性だが、ケイシーではなかった。 知らない人だった。 遺体の顔には絞殺された証しの血管破裂の点状出血が見られた。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 女性警官ミッキーを主体に、連続殺人事件の捜査も描かれるが、比重としては警察ものというより家族小説としての性格が強いと思った。 とりわけミッキーと薬物中毒者の妹ケイシーとの濃密な関係に多くのページが割かれる。 行方不明の妹を捜す現在パートと、妹が中毒者になる前の少女時代の二人の過去パートが交互に描かれ、そこに殺人事件の捜査が加えられる。 ミステリー部分の出来はもうひとつだと思うが、家族の再生の物語として印象に残る。


ピュアの表紙画像

[導入部]

 ユミの暮らす人工衛星は15歳から18歳までのメスのみで構成された学園星。 遺伝子検査で特Aクラスに分類された彼女らは、月に一度“狩り”を行うこと、卒業後は上級士官として軍に服役することが義務だ。 遺伝子改変で女は、身長2m、鱗に覆われた体、強い牙、長い爪を持つどんな生き物より生存に適した強いボディを手に入れた。 一方、男は昔と同じひ弱なフォルムのまま、地上で困りながら暮らしている。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 SF短編5編。 性交後、女が男をまさに“食い殺す”という衝撃的な表題作「ピュア」と最後の「エイジ」が設定を同じくし、他作品は単独作。 また「エイジ」のみ男視点で他作品は女視点で書かれている。 いずれも未来SF的な奇抜な設定ではあるが、それで驚かせる話ではなく、さまざまな愛の形が表現された物語だ。 表題作の凄さは突出しているが、夏休み明けで学校に行ったら親友の性別が変わっていたという青春SF「バースデー」の純粋さが心に残った。


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