◎20年12月


作家の秘められた人生の表紙画像

[導入部]

 ピューリッツァー賞作家のネイサン・フォウルズは三作目を発表後、断筆を宣言し、以来20年近くも地中海の離島ボーモン島に隠棲していた。 一方、小説家志望の青年ラファエルは、十を超える出版社から持ち込み原稿の小説『梢たちの弱気』の出版を断られ、ボーモン島の小さな書店で働くため島へ渡った。 島にフォウルズがいるからだ。 彼はフォウルズに自分の小説を読んでもらい、助言をもらおうと考えていた。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 離島を舞台に、女性の惨殺死体が発見され、警察により島が封鎖される中、謎が謎を呼ぶミステリー。 文章は読みやすく、登場人物もよく整理されており、展開もスムーズで、サスペンスに富んだ楽しめる作品だ。 主人公だと思っていた人物が途中で死んでしまったりして戸惑ったが、その後も緊張感は続いていく。 ただ物語の後半、新たな事実の供述が何度も繰り返される展開は少々やり過ぎに感じ、最後の供述が本当の真実なのか疑問が残ってしまった。


真夜中のたずねびとの表紙画像

[導入部]

 湿った春の風が吹き荒れる日、静かな町にアキは姿を現した。 アキは少年の姿をしていて、小学校高学年か中学生に見えた。 学校に通っておらず、仕事もしていなく、親もおらず、友人もなく、家もなかった。 アキは1年ほど前から空き家を見つけて潜り込み、寝泊まりする生活を続けていた。 六軒のボロ屋が並ぶ突き当たりの白い家に侵入して眠り込んでしまった。 はっと目を開くと、老婆が黙ってこちらを見ていた。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 ホラーサスペンス風味の短編5編。 連作ではないが登場人物が重なるところもある。 いずれもホラー色は薄いがドラマ性は高く、読んで面白い物語に仕立てられている。 冒頭の、震災孤児の少女が占い師の老婆と暮らすことになり、老婆から幼くして死んだ子の骨を取ってくるよう頼まれ山の岩穴へ向かう話が、恒川作品らしい不思議感が漂うものだった。 他の話は、殺人や交通事故など事件性のある不安感、緊張感を持つ物語で、それぞれ面白く読めた。


食っちゃ寝て書いての表紙画像

[導入部]

 おれは小説家、横尾成吾。 大手出版社カジカワの編集者の赤峰さんから、ほかの題材を考えてみるべきかもしれませんね、と言われた。 四百枚超の長編小説『トーキン・ブルース』。 それが今俎上に載っている作品。 赤峰さんの最後通牒。 この作品はもうダメ、ということだ。 五十歳を控えてのボツはキツい。 この作品の構想はそれこそ新人賞に応募してた頃からあった。 満を持しての企画。 その結果がこれだ。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 全十二章。 小説家横尾成吾の章と編集者井草菜種の章が交互に綴られる。 出版業界の内幕を描いたような内容でもあるがその点は浅い。 作家の章は本書の作者の小野寺氏が自身のことを書いているように思われるが、どうだろうか。 終盤明かされる全体にかかる仕掛けにはやられた感。 ただ会話文が非常に多いのはちょっと安易な印象。 また今年の5月刊の作品だが、会食の場面がとても多いのが、どうでもいいがコロナ禍の中、少し気になった。


ニッケル・ボーイズの表紙画像

[導入部]

 1962年のクリスマス、アフリカ系アメリカ人の高校生エルウッドは祖母から人生最高のプレゼントをもらった。 マーティン・ルーサー・キング牧師の演説集のレコード。 彼は成績はオールAで大学進学を希望していた。 放課後には煙草店で働いて、給料の半分を家に入れ、残り半分を大学の学費に取っておいた。 ある日、大学の授業を受講できる機会を得てヒッチハイクで向かったが、乗った車が盗難車だった。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 無実の罪で少年院に送られた黒人少年の過酷な運命を描くピュリッツァー賞受賞作。 作者は
「地下鉄道」に続き2作連続の受賞。 前作の雰囲気と異なり、ドキュメンタリータッチの抑制された筆致が印象的で、扱われている題材は重い。 アメリカ社会に今も残り続ける人種差別の問題が矯正少年院を舞台にドラマチックに描かれる。 物語は60年代の暴力と虐待の中で過ごすエルウッドの章に現代のエルウッドの章が挟まれ、終盤には驚きも用意されている。


あの日の交換日記の表紙画像

[導入部]

 小学4年生の愛美は白血病で入院生活を送っている。 彼女のもとには女の先生が勉強を教えに通ってきてくれる。 愛美は先生のことが好きで、交換日記もしていた。 愛美は友だちのさくらちゃんとすみれちゃんのことなどを日記に書くと、先生は学校の四年一組の様子などを教えてくれる。 愛美は抗がん剤治療から骨髄移植をすることになった。 しかし副作用の苦しさを思うと愛美は手術が怖くてたまらない。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 叙述ミステリー七編。 教師と教え子、双子の姉と妹、夫と妻、母と息子などの間で交わされる交換日記が綴られていき、そこに終盤ちょっとしたどんでん返しが仕掛けられている。 それは大掛かりなものではないが、ああそうだったのか、と思わずうなづき、スッキリとさせられるような転換を見せてくれる。 特別ドラマチックでもないが、読みやすくなめらかな筋立てで好感の持てる作品集だ。 最終話もそれまでの6話を総括する形で上手くまとめられている。


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