◎18年1月


代理人の表紙画像

[導入部]

 プロ野球、千葉オーシャンズの谷上宏樹選手に準強制性交等罪容疑の逮捕状が出た。 プロ野球選手の契約交渉の代理人を務める善場圭一は谷上の代理人ではないが、各種スポーツ選手のマネジメントを行い谷上とも契約している会社の社長、羽田貴子のもとへ向かう。 谷上の代理人弁護士は彼が有罪だという前提だった。 長年の経験から谷上の無罪を信じる羽田は、善場に谷上の代理人就任を依頼する。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 アメリカはともかく日本ではまだ定着が進まないらしいプロ野球の契約代理人を主人公とした短編6編。 珍しい職業への興味はあるが、物語の面白さはそこそこといった感じか。 性暴力や自殺、暴行とどの話も話題が暗く、幕切れもスッキリとはいかないものが多い。 主人公の善場は銭儲けばかり考え“ゼニバ”とマスコミから揶揄されるという設定ながら、そのあたりが十分活かされているとは言えず、いっそピカレスク小説に仕立てれば面白くなったのでは。


シャーロック・ホームズの栄冠の表紙画像

[導入部]

 我が友シャーロック・ホームズの事件記録者としての私の好みは、彼の具えている著しく発達した分析能力を発揮する絶好の機会である奇々怪々な事件を記録することだ。 彼の才能が際立って発揮されたのは、スウィンシンバンク氏の失踪事件を捜査した際だろう。 5年前の9月、ベイカー街のホームズのもとに、中部地方南部で裕福だが子どものいない夫婦に奉公しているヘネシー夫人が訪ねてきた。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 アーサー・コナン・ドイルの生み出した名探偵ホームズの、他作家によるパロディ、パスティーシュ全25篇。 A・A・ミルンやロス・マクドナルドといった有名作家のものもあり、ほとんどが10数ページの短編なので気楽に読める。 ホームズにさほど詳しくない私にはいまいちピンとこないものもあるが、丁寧な注釈が付き、“ホームズ対007”などというものもあるなど、楽しめる作品が多い。 そして一番の読み所は編訳者による1作ごとの詳細な解説。


阪堺電車177号の追憶の表紙画像

[導入部]

 昭和八年四月、辻原和郎は南海電鉄阪堺線で一七七号電車に車掌として乗務している。 塚西を発車してすぐ、何気なく家並みに目をやった辻原は、質屋の二階の欄干に白い手拭いが一枚干してあるのを見つけた。 翌日もその翌日も白手拭いは干されたまま。 そして七日目、それは青い筋の入った柄物に変わっていた。 すると塚西で下りた二枚目の男がその方向を見て一瞬頷き、質屋へ足を向けたのだ。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 昭和8年から平成29年まで、大阪南部を走る路面電車、阪堺電車のある車輌を擬人化し、彼が見つめてきた社会の変化とミステリーぽい事件を描いた連作短編集。 終戦時、大阪万博、バブル景気などエポックな七つの時代を描き、登場する人物もうまく繋がれている。 凝った謎解きや派手な展開はあまりないが、肩の凝らない面白さで、大阪弁の語りもあって人情味のある物語になっている。 エピローグの電車の引退は、ちょっと書き過ぎたかな。


肉弾の表紙画像

[導入部]

 沢キミヤは、中程度の学力で特に努力もなく入った私立文系大学に熱心に通うことができず、1年の途中で休学、以来ほぼ家に引きこもっていた。 父との二人暮らしで、父は北関東で相応の建設会社を営んでいる。 3度の離婚歴を持つ、豪放で強引な性格だ。 今回は父親が趣味にしている狩猟に北海道までなんとかついて来た。 猟銃を携え、釧路空港からレンタカーで2時間ほど、山の中の温泉宿に着く。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 序盤の展開からはちょっと想像できないような、なかなか凄いサバイバル小説だった。 主人公が野犬の群れと共に巨大な熊と闘う話が後半部を占めており、長い作品ではないが、とにかく一気に読める。 途中に、山奥に取り残され野犬となった犬たちのエピソードがいくつか挟まれるが、これらは平凡。 やわなニートの主人公の変貌ぶりも現実味はやや薄いが、容赦ない弱肉強食の世界での野生のぶつかり合いの描写はなかなかの迫力だった。


地下鉄道の表紙画像

[導入部]

 19世紀前半のアメリカ。 15才の黒人少女コーラはアメリカ南部ジョージアにあるランドル一族の経営する大規模綿花農園で奴隷として働かされていた。 コーラの祖母はアフリカから連れて来られここで死んだ。 母のメイベルはコーラを置いて農園を脱走し、今も見つかっていない。 あるとき、奴隷のシーザーから地下鉄道を使って北へ逃げないかと持ちかけられる。 彼女はすぐに断ったが、三週間後に受け入れる。

[採点] ☆☆☆☆★

[寸評]

 奴隷解放前のアメリカ南部を舞台にした黒人少女の逃亡劇だが、たいへん見事な作品と感じた。 ピュリッツァー賞、全米図書賞等数多くを受賞している。 実際にあった奴隷制廃止者らによる「地下鉄道」と呼ばれる組織を、本物の蒸気機関車に置き換え、読む者の興奮を誘う。 血と暴力に彩られたアメリカの黒歴史を直視する社会劇であり、サスペンスフルな逃亡劇であり、また人間の絆の物語でもある。 コーマック・マッカーシーの諸作を想起させる傑作。


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