◎15年10月


生還者の表紙画像

[あらすじ]

 斎場で増田直志は兄の遺影を凝視していた。 兄は1週間前、ネパールとインドの国境地帯にまたがるカンチェンジュンガ山域で登山中に雪崩に巻き込まれ死んだ。 何年も登山から離れていた兄がなぜ山に戻ったか。 返された遺品の中に短すぎるザイルがあり、直志はその切断面を見た。 人為的に切断した痕跡。 兄は殺されたのではないか。 やがて雪崩に遭いながら生還した男が帰国する。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 山岳ミステリ。 雪山から別々に生還した二人の男の証言が真っ向から食い違う。 果たして真実はどっちだ。 読み手をぐっと引きつける状況に、生還者の不可解な行動が続き、謎は深まるばかりの展開。 挿入される登山場面もなかなか緊迫感があり、よく練り込まれたミステリだと思う。 ただ警察の不在は気になるし、終盤の展開はやり過ぎ感がある。 肝心の謎への回答も、右へ行ったり左へ行ったり忙しくて、読まされ感ありで疲れました。


藪医ふらここ堂の表紙画像

[あらすじ]

 江戸幕府、九代将軍家重の頃。 三哲は神田三河町で開業している小児医。 無愛想このうえなく、厄介な客が来ると行方をくらますなど、子どもよりもよほど手がかかる男で、界隈で「藪のふらここ堂」と渾名されている。 患者に待ち札を渡したり、処方した薬の名を記帳するのは娘のおゆんの仕事だ。 正月の二日、子どもが熱を出したと駿河町の大店が大層な駕籠付きで往診を頼みに来た。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 江戸の開業医の父娘を主人公に描くオーソドックスな人情時代小説で、「小説現代」誌掲載の連作短編9作。 藪医者と評判だが実は医学の知識は深い三哲にお城勤めの話が舞い込むことと、娘のおゆんの恋愛話がメインだが、それほど大きな波乱があるわけではない。 もっと紆余曲折、波乱の展開を読みたいところだし、登場人物のキャラクタも皆なんとなく中途半端で、全体に面白味不足。 時代小説としての情味も薄く、作者としては期待外れ。


戦場のコックたちの表紙画像

[あらすじ]

 1942年、ドイツがヨーロッパを蹂躙し、日本が真珠湾を爆撃した翌年、アメリカはルイジアナ州の17歳のティモシー・コールは軍に志願した。 内地での訓練の日々の中、コック兵の希望者を募る張り紙を見る。 特技兵は伍長クラス、給料も少し多い。 エドというコック兵に誘われコールは、2か月の錬成訓練の後、コック兵となる。 コックといっても戦闘となれば普通の兵とともに前線で戦うのだ。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 アメリカ陸軍所属のコック兵を主人公にした第二次大戦の戦争物語であり、遭遇した謎に挑むミステリでもある。 全編ヨーロッパ戦線を部隊としているため、翻訳ミステリの趣がある珍しい作品。 戦場における若い兵士たちの極限状況における友情やぶつかり合いが生々しく描かれ、青春小説としても読める物語だ。 しかし、謎そのものはとってつけたような印象で、ミステリとしては盛り上がらない。 ”コック”としての見所もあまりなかったのは残念。


偽りの楽園の表紙画像

[あらすじ]

 ロンドンに住むダニエルのもとに父から電話が。 両親は今年の春に、母の母国スウェーデンに移住していた。 その母が病気で、妄想を抱くようになり精神病院に入院したとのこと。 翌朝、飛行場に向かったダニエルに父から、母が医者を説得して退院してしまい行方が分からないとの電話が入る。 その直後、今度は母から電話が。 父の話はすべて嘘で、自分はこれからロンドンへ行くと言う。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 
「チャイルド44」に始まるレオ・デミドフを主人公とする傑作3部作の作者が、がらっと作風を変えて登場したのには驚いた。 今回は純粋な家族のミステリ。 終盤を除き、動きも非常に少ない心理サスペンスドラマだった。 巻頭、父親と母親の言い分が真っ向から食い違うという緊迫した状況で始まるが、その後はほとんど母親側の話が延々と語られる展開に。 ラストはこういうのもありかとは思うが、もう一段ドラマチック度を上げて欲しかったところ。


弧狼の血の表紙画像

[あらすじ]

 広島県警の日岡秀一は、交番勤務、機動隊を経て、刑事として呉原東署へ赴任してきた。 配属先は捜査二課暴力団係。 直属の上司は大上班長。 スゴ腕のマル暴刑事として有名な人物で警察庁長官賞をはじめ百回にも及ぶ受賞歴を持つが、処分歴も多く、訓戒処分も現役ワースト。 日岡はさっそく大上から先輩の煙草に火を付けろと怒鳴られる。 身なりを見れば大上のほうがよほど極道に近い。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 ヤクザの抗争と警察の対応が描かれるが、全体の調子は黒川博行を少し硬くしたような感じで、作者の新境地といったところ。 語り手の上司大上班長のキャラクタがとにかく型破りで、違法行為、ヤクザとの癒着とかお構いなし。 400頁を超える物語は巻頭から緊迫感に満ちており、スピード感のある全編一気読みの面白さだ。 終盤にはちょっとした驚きも用意されているが、お話めいたところもあるものの、エンタメ作品としては十分満足できる。


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