◎18年6月


弁護士アイゼンベルクの表紙画像

[導入部]

 四十歳のラヘル・アイゼンベルクは刑事事件専門の弁護士。 夫のザーシャは契約や会社法の専門弁護士で、共同経営している法律事務所は繁盛しており職員も多い。 しかし夫の浮気で二人は別居中だ。 5月のある日、いかにもホームレスの若い娘が、友だちが殺人容疑で逮捕されたが濡れ衣だからと弁護を依頼してきた。 その友だちのホームレスとは、ラヘルの昔の恋人であり、かつては有能な物理学者だった。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 ドイツミステリーだが重厚な感じはなく、逆転劇も鮮やかなエンタテインメントだった。 前半は時期を前後していくつかの場面が交互に描かれるが、よく整理されており読み手が混乱することはない。 裁判に入ってからも裁判所の内も外もスリリングな展開を見せ、読者にしっかり手がかりを提示しつつ、テンポよくサスペンスを盛り上げていく。 また主人公を取り巻く人間関係などもあまり深入りはせず、適度に書き込まれた印象。 含みのあるエピローグがじれったいが。


いまは、空しか見えないの表紙画像

[導入部]

 土曜日の朝、高校三年の智佳はいつもどおり受験勉強のため県立図書館に行くと言って家を出た。 閉館時間は7時。 以前帰宅が9時を過ぎたことを父に咎められ、罵倒されて夜は部屋からトイレに出ることも許されなかった。 目的の長距離バスの停留所は町役場の前。 これから小さな秘密の冒険が始まる。 ところが三つ目の停留所で見覚えのある茶髪の森本優亜が酒と煙草のにおいをさせ乗り込んできた。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 連作短編五編。 冒頭の作品が「女による女のためのR-18文学賞」大賞・読者賞のダブル受賞作。 理不尽に押しつぶされそうになりながら懸命に生きる智佳を三編の主人公とし、智佳の母と男性に恐怖心を感じる優亜が一編ずつ。 個人的には受賞作よりも智佳がいよいよ飛び立とうとする三作目が最後に光が見え、最も良かった。 他の話は、智佳が家を出た後を含め、削られるような絶望感が支配する雰囲気が胸を締め付けられるようにきつかった。


傍流の記者の表紙画像

[導入部]

 東都新聞の警視庁キャップである植島は、捜査一課長の官舎に朝駆けした。 豊島区で起きた女子大生殺害事件に関連して男子大学生を参考人取調べという記事が他紙で出て、東都新聞は大きなネタを落とした。 警察と記者の暗黙のルールでは、キャップが直接取材に行くのは刑事部長以上、捜査一課長には担当記者の最上位者が出向くことになっていた。 案の定、偏屈な課長からはろくな話が聞けない。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 
「ミッドナイト・ジャーナル」がめっぽう面白かった作者の同じ新聞記者もの。 同期入社のトップ5+1の6人がそれぞれの主人公となる連作六編。 いずれも取材合戦や上司・部下・社内他部との軋轢、家族関係などみっちりと書き込まれ、緊張感の漂う熱い展開でとても面白い。 新聞記者としての矜持が感じられる作品。 ただスクープ獲りなどより、同期の出世レースを描くことに傾いているようで、そこは不満。 ラストも甘く、この物語には合わないような。


じっと手を見るの表紙画像

[導入部]

 日奈は富士山を望む町の特別養護老人ホームで介護士として働いている。 幼稚園に入る前に両親は亡くなり、ずっと祖父と二人暮らしだったが、その祖父も日奈が仕事から帰ってくると亡くなっており、今はひとり暮らし。 介護福祉専門学校の同級生だった海斗とつきあっていたこともあるが今は別れた。 それでも海斗は友達のつもりでときどき家にやってくる。 日奈が宮澤に初めて会ったのは今年の1月だった。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 寄る辺ない若い女性介護士の恋愛、日々生きていく姿を中心に、語り手を替えながら描く連作短編7編。 一緒に生活していながらも常に孤独感を抱えているような登場人物たちの描き方がいかにも作者らしい。 不器用とも違う、人との繋がりを求め寄り添っても満ち足りることのない感情が全編を覆っている。 足掻いても浮き上がれないような辛さ、切なさ、あきらめ、閉塞感を感じさせる物語だが、介護職の現状などもしっかり書けていると思わせ、読ませる。


青空と逃げるの表紙画像

[導入部]

 高知の四万十川沿いにあるドライブイン。 一階が土産物屋、二階が食堂の店で、早苗は小学5年の息子の力と住み込みで働いていた。 夏休みの時期。 力と母と父、親子三人の東京の日常が失われたのは夏のはじめだった。 役者をしている夫が主演女優の車に同乗していて深夜に事故に遭った。 女優はその後自殺し、夫は行方をくらます。 早苗と力は女優の事務所の人間に追われ東京を飛び出したのだ。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 高知、瀬戸内の島、別府、仙台と、母子の逃避行が描かれる。 二人のそれぞれの地での生活ぶりが生き生きと描かれ、地元の人も交えその素直な姿は好い印象を受けたが、そもそも逃避行を続ける理由付けがやや強引なように思われる。 もとが夕刊連載ものということで、各地で結局同様の展開になるのが見えてしまうのも仕方がないか。 途中投じられた大きな謎は展開の良いアクセントになったが、終盤への導き方がこれまた強引で残念だった。


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