◎16年5月


一瞬の雲の切れ間にの表紙画像

[あらすじ]

 千恵子は神保町の大手出版社に勤めている。 4年前、登録していた派遣会社経由で採用された。 業務は”社員である編集者がまかないきれない仕事を手伝う雑用係”といったところだ。 そして、文芸部の妻子ある健二と不倫している。 昨年春頃、突然会えない時期が数週間続いた。 健二の奥さんが人身事故を起こしたと知ったのは夏のことだった。 小学生の男の子と車でぶつかりその日に亡くなったという。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 映画監督でもある著者の二冊目の小説。 小学生の交通事故死を真ん中に、被害者側、加害者側の家族など関係者が語り手となる5編の連作短編から成る。 全体に静かで淡々とした語り口調で特別ドラマチックな書き方でもないのだが、素直な文体にツボをつく描写で気持ちや情景がすんなり心に入ってくる感じ。 5編目は前4編と全くスタイルが変わり戸惑うが、最後はまさにタイトル通り、一瞬の雲の切れ間に一条の光が差した気持ちになった。


ミッドナイト・ジャーナルの表紙画像

[あらすじ]

 中央新聞の警視庁捜査一課担当の関口、藤瀬、松本は、東京、神奈川で起きた連続女児誘拐殺害事件を追っていた。 犯人は逮捕されたが一人の少女の行方がなお不明。 3人は刑事らへの夜回りや執拗な聞き込みで丹沢山中の犯人のアジト捜索の情報を得てヘリを飛ばす。 「遺体発見か」という見出しを付けた新聞が印刷され運び出されたとき、女児が救出されたことがヘリの藤瀬から報告される。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 新聞社の社会部記者が、記事掲載の最後の最後で大失態を演じた七年前と同様の事件が起きたことから、その関連性を疑い、執念を持って事件を追いかける姿が描かれる。 警察や関係者への執拗な取材、他社との駆け引き、社内の軋轢など、各場面における激しい闘いが熱く描かれる。 横山秀夫を彷彿させるサスペンスたっぷりな物語。 事件そのものは終盤に急転直下だが、事件よりも記者を描いた作品なので特に気にはならなかった。


吹けよ風 呼べよ嵐の表紙画像

[あらすじ]

 北信濃の須田本家の嫡男弥一郎は、従兄弟である須田庶家の嫡男甚八郎に、須田家が傘下に入っている村上氏と攻め寄せてきた武田軍との戦いを見物に行くことを誘われる。 翌朝、甲冑に身を固めた父らの出陣を見送った弥一郎は屋敷を抜け出し、甚八郎と共に、戦場となる上田原を見下ろす天白山に立つ。 初めて見る戦に二人は興奮と恐怖心を感じていた。 一進一退の攻防は村上方が勝ち抜く。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 武田信玄と上杉謙信による五次にわたる川中島の戦いを中心に、北信濃周辺における戦国期の動乱が、その地の有力名主である国人の須田光親を主人公に描かれる。 戦の場面は臨場感がありなかなかの迫力ある描写だが、史実を追ってめまぐるしく各地の城が落とし落とされていく記述がとにかく多いのが特徴で、主人公など人物の描き方がやや浅くなってしまった印象。 先の見えない戦いの日々を生きた戦国武者の物語として面白い。


眩の表紙画像

[あらすじ]

 葛飾北斎の娘、お栄は物心ついたころから父の絵に埋もれ、気がつけば弟子と肩を並べて修行していた。 そんなお栄が、南沢等明という雅号を持つ町絵師の吉之助に嫁いだのは22の歳、文政2年(1819)。 お栄は、小さな板元からの、枕絵に読本の挿絵、料理屋の引札など細々した注文を受けていたが、吉之助は半日と絵筆を握ることがなく、板元や絵師仲間とのつきあいにばかり時を費やす男だった。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 知らぬ者ないスーパー絵師、葛飾北斎の娘の、幼少の頃から、父の死後も、葛飾應爲の画号を持って絵に打ち込む人生が描かれる。 絵師としての父に心酔し、夫の絵を鼻で嗤いさっさと離縁してしまうような真っ直ぐな性格のお栄の、絵を描くこと、絵を追求することへの熱情が全編に感じられる物語。 お栄の若い頃から北斎工房に出入りしていた絵師の善次郎が、お栄の人生における良いアクセントとして随所に登場するのも上手い演出だ。


ドライ・ボーンズの表紙画像

[あらすじ]

 ヘンリー・ファレルはペンシルヴェニア州の田園地帯ワイルド・タイム郡区の警察官。 助手はジョージ・エリスひとり。 診療所の医師から、地元の住人が撃たれたので手当てしているとの連絡が。 診療所へ行ったヘンリーに、治療を受けたダニーは、オーブ・ダニガンに撃たれたがこれは事故だと言う。 オーブ・ダニガンは使われなくなった廃屋のような酪農場にひとりで住んでいる、いわば世捨て人だ。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 アメリカ探偵作家クラブの最優秀新人賞受賞作。 アメリカ北東部の田舎町の山で、雪解けにより若い男の死体が現れたところからミステリは始まる。 デビュー作ということで、作者が持てる知力をすべて注ぎ込んだ感じで、物語の主筋でない枝葉というか横道のような記述が多い。 また登場人物も多く、それが整理できていない印象で、全体にすっきりしない。 それでも中盤はテンポ良く話が展開して、ミステリとしての面白さはしっかり感じられた。


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