◎18年7月


影の子の表紙画像

[導入部]

 1975年2月の東ベルリン。 ベルリン人民警察の殺人捜査班班長カーリン・ミュラー中尉は国内でただひとりの女性班長。 東西ベルリンを分かつ反ファシスト防護壁のそばで少女の死体が発見され、現場へ出向く。 現場にはシュタージ(国家保安省)の中佐が出張ってきていた。 少女は東へ逃げ込もうとしたところを西から射殺されたように見える。 また顔は完全に破壊されており、身元を割り出すのは困難を極めそうだ。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 英国推理作家協会のヒストリカル・ダガー賞受賞作。 ベルリンの壁が堅固に存在していた時代、東独側の女性警察官を主人公に据えたミステリー。 秘密警察シュタージの関与に緊張を強いられながら、主人公らが捜査を進めていく過程が丹念に描かれていて面白い。 青少年労働施設に収容された少女の話とミュラー中尉の捜査の二本立てで進む展開も滑らかで読みやすい。 全体として小ぶりな印象の作品だが、当時の東側の社会状況なども興味深い。


あやかし草紙の表紙画像

[導入部]

 神田の袋物屋の三島屋では、ここ数年、風変わりな百物語を続けている。 一度に一人の語り手しか招かず、聞き手を務めるのは主人・伊兵衛の姪である十九歳の娘、おちか。 「語って語り捨て、聞いて聞き捨て」がいちばん大きな決め事だ。 場所は奥の客間<黒白の間>で、次の間には守り役として霊力のあるお勝という女中が控えている。 新たな語り手がやって来た。 飯屋を営む平吉という男だった。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 宮部みゆきの
江戸怪奇譚連作集第5編。 90〜150ページほどの5話が収められている。 面白さでは定評のあるシリーズだけに、今回も安心して楽しめる。 いずれも怪しげな、また優しく人情味がこもった物語ばかりで、作者の語りの巧さが存分に感じられる。 今回は怪しさの点では今までの諸作よりややトーンダウンした感じではあるが、人間の業を考えさせるような物語もあった。 本作はシリーズ第一期完結編ということで、終盤は思わぬ展開になる。


軍艦探偵の表紙画像

[導入部]

 昭和15年夏、佐世保湾南東の針尾島は帝国海軍の重要拠点だった。 停泊する戦艦榛名では、新しい海軍中尉の軍装に身を包んだ池崎幸一郎が艦橋を見上げていた。 池崎は帝大経済学部を卒業して短期現役士官となり、艦内の食料や軍需品を管理する主計科の中尉となった。 兵たちが運送船から米や塩、野菜などの入った木箱を運び込むのを監視していたが、ふと違和感を感じ二人の兵に目を留める。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 太平洋戦争中、海軍主計科の士官となった主人公が、配属された艦船内で発生するさまざまな謎の事件を解決していく本格ミステリー。 主人公が勤務する6隻の艦船それぞれで起きる日常の謎レベルの出来事を解決していく連作短編形式。 船という限られた範囲の中での事件なので密室絡みが多いが、それぞれなかなか鮮やかな推理が楽しめる。 各艦の特徴なども書き込まれ、戦闘場面も緊迫感がある。 最後のエピソードは余分だったかな。


ひとの表紙画像

[導入部]

 柏木聖輔は3年前、鳥取の高二のときに車の自損事故で父親を亡くした。 保険金で父が経営してつぶした居酒屋の借金を清算し、残ったお金で法政大学の経営学部に進めた。 親戚はほとんどおらず、母はひとり鳥取大学の食堂で働いていた。 その母が自宅で急死した。 いわゆる突然死。 聖輔は二十歳にしてまったくの独りになった。 大学には家計急変時給付型の奨学金もあったが、大学中退を決断した。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 主人公の環境は本当に厳しいものがあるが、物語はドラマチックな場面も少なく、淡々と進んでいく。 何事にも激すことなく、なんとか前向きに日々生きていこうと頑張る主人公の姿は大変好感が持てるし、彼を取り巻く人々の持つさりげない優しさもいい。 もちろん善良な人ばかりではなく、お金が絡めば悪いやつも当然出てくるし、クセのある人もいることなどしっかり書けている。 主人公のこれからの人生に幸あらんことを祈らずにはいられない作品。


できそこないの世界でおれたちはの表紙画像

[導入部]

 吉永シロウは40代半ばの下請けコピーライター。 四谷三丁目というアーバンエリアに部屋を借り、そこそこ美味しいご飯を食べ、嗜好品もそれなりに嗜められている。 離婚したが元妻との仲はさほど険悪でもなく、十一歳になる息子とは月に一度は会える生活。 そんな彼のもとに久々にドラムこと上田健夫から電話がかかってきた。 所属するデカメロンズというバンドがなんと紅白歌合戦に出ることになったと言う。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 四捨五入すれば五十になる、都会にひとり暮らしの中年男の青春ストーリー。 いかにも都会の風俗の中で、寄せては返すようなリズムで変化を持たせた話の流れがいい。 また、文章は主人公の一人称、話し言葉で、一文が長い独特の文体だが、テンポ良くリズムがあって面白く読める。 仲間との掛け合いの会話も面白い。 先週の「ひと」とは真反対の作品だが、吉永シロウにとっての「できそこないの世界」もそれほど悪くないじゃないかと思わせる物語。


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