◎18年2月


サーチライトと誘蛾灯の表紙画像

[導入部]

 吉森はホームレスを退去させたドングリ公園の治安を守るため見回りをしている、ボランティアパトロール隊の一員。 今夜も懐中電灯を振り回しながら見回っていると、西の塀のそばで若い男が白いシートを広げている。 注意された男はえり沢というちょっととぼけた男。 カブトムシを採集に来たと言う。 さらに近くの生け垣にはビール缶を握って眠り込んだ男が。 首からカメラを提げた男を起こすと私立探偵だと名乗る。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 ミステリーズ!新人賞受賞の表題作を含む本格推理短編5編。 ちょっと会話文がぎこちないところもあるが、どの作品も主人公の昆虫好きの青年えり(魚偏に入)沢の性格そのままとぼけたユーモアが微苦笑を誘うあたりは好印象だし、真実が解き明かされるところはそれなりの鮮やかさがある。 中では旅館の主人がお客のえり沢に、35年前の知り合いの火事の話をする「火事と標本」で、謎のためのお話でなく、しっかりした物語になっているところが良い。


高架線の表紙画像

[導入部]

 私は新井田千一。 2001年春、大学3年の時、埼玉の実家を出て、卒業して引っ越すことになった写真サークルの先輩が住んでいたアパートの部屋を譲り受けた。 ひとり暮らしへの憧れもあり、何より三万円という破格の家賃が決め手だった。 西武池袋線の東長崎駅から歩いて5分ほどのところにあるかたばみ荘は、木造二階建てで各階二部屋ずつ、すでに築40年以上が経っていて汚くてぼろぼろだった。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 東京のおんぼろアパートの一部屋に住む住人の変遷のドラマが16年にわたって描かれる。 その時々の住人やその周囲の人、6人が順に語り手となって物語が綴られていく。 市井の人々の日常なので、特別ドラマチックなことが起こるわけでもなく(住人の失踪が一時期あるが)、なんとなく先が見えないまま淡々とした語りが続いていく。 しかし一文が比較的長い文章がなんとも心地よいテンポで綴られ、不思議にはまってしまう読書体験だと感じた。


サハラの薔薇の表紙画像

[導入部]

 大学の准教授で考古学者の峰はエジプトで日本・エジプト混合の発掘隊を指揮していた。 石灰岩の碑文を砂の下から発見したのが二週間前。 墓への通廊を見つけ慎重に発掘を続けてきた。 そこに“世紀の大発見”が眠っているかは実際に掘ってみるまで分からない。 穴の中から作業員のどよめきが上がった。 峰は目を凝らすと、土の中から石棺が覗いていた。 慎重に掘り出し地面の上に石棺を引き上げる。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 さながらインディー・ジョーンズの映画を観ているかのように、砂漠の極限状況の中で主人公らに襲いかかる危機また危機の連続がほぼ全編にわたって続く冒険活劇。 定石通り美女も配置され、おきまりの艶シーンも用意されるなど、娯楽サービス度満点の物語になっている。 序盤でさまざまな謎が浮かび上がるが、その緊張は長続きせず、サスペンス度は尻すぼみ感。 また、この娯楽作に世界的な環境問題を絡める必要があったかは疑問。


アルテミスの表紙画像

[導入部]

 人類初の月面都市アルテミス。 5つのドームに2000人が生活している。 ジャスミン・バシャラはサウジアラビアで生まれたが、6才のとき溶接工の父と月に来て以来アルテミスに住んでいる。 今は父と離れてひとりで暮らし、ポーター(運び屋)をしながらアルテミスでは禁制品の煙草やライター等々の密輸の副業で儲けている。 ある日、副業の方の常連客で大金持ちの実業家トロンドから危険な仕事を依頼される。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 
「火星の人」に続く作者の宇宙SF第2作。 月面基地のイメージは新しくはないが、それをもっと巨大にして街にしてしまい、そこでのアラブ人女性の大奮闘が描かれる。 月観光で成り立つ街という設定は面白い。 前作とは異なり、少々オタクっぽい語り口でスピーディーに話は進み、特に後半はめまぐるしい展開のアメリカSFアクション映画の趣き。 物語や人物描写に深みはないが、陰謀話も読者に考える暇を与えず強引にラストまで突っ走った感じだ。


1ミリの後悔もない、はずがないの表紙画像

[導入部]

 中学2年の由井は母と妹の3人暮らし。 西国分寺駅から15分ほどの場所にあるおもちゃみたいな平屋の部屋がふたつしかない一軒家。 4月の教室、由井の左隣の金井という陽気な男子が列の後方に知り合いを見つけ手を振った。 手をあげ返した桐原という男子。 由井は振り返って彼を見た。 なにか心に引っかかった。 なぜ桐原に惹かれたのか。 どんなに考えをめぐらせても色気としかいいようがない。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 主人公由井の中学時代の話から、由井に関係した者たちの話を挟み、彼女の娘が中学生となった最終話まで連作5編。 最初の「西国疾走少女」が「女による女のためのR-18文学賞」読者賞受賞。 いずれもヒリヒリするような感情の昂ぶりや絶望感・苦しさが随所にある物語だが、過度に暗くならず、淡々とさりげなく、でも気持ちのしっかり入った文章がとても清々しい。 人は忘れられない記憶を抱えて生きていくものだが、その切なさを丹念に描いた佳作。


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