◎17年6月


夜の谷を行くの表紙画像

[導入部]

 西田啓子は、連合赤軍による山岳ベースでのリンチ殺人事件当時、そのメンバーの一人で、君塚佐紀子と迦葉ベースを脱走した後警察に逮捕され、5年余の刑期を務めて出所。 以後ずっと独りで静かに暮らしてきた。 今は以前やっていた学習塾の蓄えと年金で生活している。 そんなとき平日に通っているスポーツジムにあった新聞で、永田洋子死刑囚が東京拘置所で死亡したという記事を読み衝撃を受ける。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 1970年代初めに実際に起きた連合赤軍によるリンチ殺人事件における当時のメンバーから、作者が架空の女性兵士を作り上げ、その女性の今を描いた物語。 入念な取材によるものだろう、当時の凄惨な状況が回想として描写される。 また、今だ罪を引きずる彼女や、当時の関係者たちの姿、そして家族らとの終わりのない葛藤が、いかにも桐野夏生らしく執拗にかつリアルに描かれる。 ラストは、その設定が必要だったかはともかく、衝撃を受けた。


007逆襲のトリガーの表紙画像

[導入部]

 英国秘密情報部の諜報員ジェームズ・ボンド。 アメリカでゴールドフィンガーとの対決を終えた彼は、敵方にいたプッシー・ガロアと恋仲になり、イギリスに連れてきていた。 情報部MI6へ出勤すると長官のMから呼び出しを受ける。 ソ連の秘密組織スメルシュがドイツのサーキットで行われるカーレースで不正を行うとの情報があり、ボンドにカーレースに参戦させ、スメルシュ側のドライバーをつぶすというものだ。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 イアン・フレミング財団の依頼を受けホロヴィッツが書いた007ものの新作。 1950年代後半の設定のためか、興を削ぐようなハイテク機器は登場せず、ボンドはその強靱な体を駆使してスパイ活劇を繰り広げる。 レトロな定石通りのスパイアクションで、カーチェイス、銃撃戦、危機一髪のラストまでスピーディーな展開で楽しませる。 もちろん美女も登場。 ボンドと二人で敵に追いつめられるのもお決まりのコースで、安心して楽しめるところが難か。


母の記憶にの表紙画像

[導入部]

 1907年、日本の探検隊は満州は長白山脈の深い雪と濃い原生林を機械馬を使って突っ切ってきた。 将来満州で起こるであろう避けがたい第二次日露戦争を予想して、寒冷気候での作戦行動に向け、帝国陸軍が支給した十頭の機械馬による実施試験を行っていたのだ。 森を抜け空き地に出たところで、満州族のガイドの少年が、ここが去年巨大熊を見たところだと言う。 (巻頭作:烏蘇里羆(ウスリーひぐま))

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 巻頭の歴史改変ものや母と娘の絆を描く表題作など、10ページに満たないものから100ページ近い中編まで全16編。
「紙の動物園」に続く日本オリジナル作品集。 前作と同様、SFという枠に収まりきれない、ファンタジーやミステリーなどとのジャンルミックス的な作品群で、面白い作品が目白押し。 とりわけ三国志を取り入れた中編「万味調和」のような中国を題材とした作品は、歴史ものとしても人間ドラマとしても縦横、自在な面白さがあり見事。


なかなか暮れない夏の夕暮れの表紙画像

[導入部]

 50歳を過ぎた稔は親からの遺産で暮らしてきた。 普段は本ばかり読んでいる。 人と関わることが仕事のようなもので、親戚、財団関係者、自治体関係者、政治家、慈善団体、動産・不動産管理者たち等々。 金銭にまつわることは高校以来のつき合いの顧問税理士の大竹と、まだ三十代の顧問弁護士の田辺に任せている。 高校の同級生だった淳子と会う約束をしていた。 去年再会し、以来時々会っている。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 高等遊民の五十男が一応の主人公だが、彼を取り巻く登場人物が大人から子供までとにかく多い。 そして物語は彼、彼女らが主体に語るパートが前後している。 これに加えて稔が読んでいるミステリーのような海外小説が作中作として随所に挟まれる。 また登場人物の名前が似たものが多く(特に作中作の外国人の名前)読み進んでいっても、なかなか内容が掴めない。 登場人物のキャラクタはそれぞれ魅力的だが、混乱、困惑の読書となった。


冬雷の表紙画像

[導入部]

 30歳の夏目代助は小さな会社で鷹匠として働いている。 鷹匠と言っても鷹狩りをするわけではなく、都会での害鳥駆除が主な仕事だ。 仕事を終え大阪市内のひとり住まいのマンションに帰ると三森龍が立っていた。 二年前、龍の妹の愛美が首を吊った。 その前10年ほど、愛美は代助のストーカーのようなものだった。 代助はついに警察に通報、愛美は結局自殺した。 その後、代助は龍から暴行を受けた。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 てっきり時代小説だと思っていたら現代ミステリードラマでした。 冒頭から戸惑うような展開が続くが、そこから過去に戻し、徐々に代助を取り巻く世界が明らかになる物語の流れはいい。 ぐいぐい引っ張って主人公を翻弄する。 ミステリーとしては終盤ごちゃごちゃになってしまった感じだが、親子、男女、地域のしがらみにがんじがらめになりながらもがく人間ドラマとしては読み応えもあり面白い。 ちょっと熱すぎるほど熱い物語で、採点はやや甘め。


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