◎15年6月


冷蔵庫を抱きしめての表紙画像

[あらすじ]

 越朗と直子はアメリカへの新婚旅行から帰国した。 帰国直後の夕食選びでは二人同時に”米を食いたい”と声をあげた。 二人は磁石みたいにぴったり相性がいいと感じている。 そして新居での朝食。 直子はがんばって早起きし、ザ・日本の朝食という和食メニューを作った。 起きてきた越朗は、俺は朝はパンなんだと言う。 味噌汁が白味噌なのも、玉ねぎが入っているのにも首を傾げられた。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 「小説新潮」誌掲載の短編8編で、それぞれ独立した物語。 一部ホラーめいた話もあるが、多くは精神的な重圧やDVといった深刻なものを克服し再出発を図るといった内容。 どれも新味はないが、語りの上手さで楽しめる、軽めの読みやすい作品集だ。 中では、DV男をKOする痛快な一編、元恋人がピン芸人になるもの、デパートの店員が接客中に思わず本音を言ってしまう話、顔コンプレックスをマスクで隠す話などが面白かった。


夏の沈黙の表紙画像

[あらすじ]

 キャサリンはテレビ番組の制作者。 三週間前に引っ越してきたメゾネットでは夫のロバートと二人暮らし。 息子のニコラスは25歳、仕事に就き家を出ている。 いつからか家に置かれていた一冊の本。 何気なく読み始めたキャサリンは、やがて恐怖にとらわれていく。 この本は自分のことを書いている。 夫や息子にさえ話したことのない秘密、今まで隠してきた人生の一部が印刷されているのだ。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 作者のデビュー作で、本国イギリスでの刊行前に世界25ヶ国で出版が決まったという作品。 序盤はやや生硬な感じだが、そこを乗り切れば徐々に物語世界に引き込まれる。 核心となる隠されていた真実そのものの驚きはたいしたことはないが、キャサリンの章と元教師の章が交互に語られ、また現在と2年前、20年前に行き来する構成が効果的で、心理サスペンスとしてなかなか良く出来ている。 夫の対応が類型的なのは残念。 また後味はちょっと微妙だ。


森は知っているの表紙画像

[あらすじ]

 高校三年の鷹野は、石垣島の南西にある南蘭島に住んでいる。 島の西側はリゾート開発されているが、東側は未だ原生林が広がり道路も未舗装だ。 鷹野は東にある集落の一番奥の民家で知子ばあさんと暮らしている。 そこに徳永がやってきた。 徳永はフランス企業の資料を差し出し、暗記するよう鷹野に指示する。 鷹野は18歳になったらAN通信という産業スパイ企業で働くことになっている。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 南洋の島で暮らす高校生を描く青春ものでもあり、世界を股にかける産業スパイものでもありと、ひとつの作品としてなにか中途半端な印象だが、それもそのはず。 産業スパイ”鷹野”を描く『太陽は動かない』という小説が既刊で、本作はその前日譚の位置付けでした。 ただ、東京からの女子転校生を交えての青春パートは青春小説として一冊にできるほど十分面白いし、産業スパイのパートも騙し騙されのコンゲームものとしてそれなりに楽しめた。


紙の動物園の表紙画像

[あらすじ]

 母さんは中国人だった。 アメリカ人の父さんは1973年の春に紹介会社と契約を結びカタログで母さんを選んだ。 父さんは母さんをコネチカットに呼び寄せ、1年後、僕が生まれた。 寅年だった。 僕の一番最初の記憶はぐずぐず泣いているところから始まる。 母さんがクリスマス・ギフトの包装紙を折りたたんで虎を作り、息を吹き込んだ。 僕が手を伸ばすと尻尾がひくひくと動き、指で触るとじゃれ動いた。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 SF・ファンタジー関係の賞を総なめにした表題作ほか15編の日本オリジナル短編集。 ハードなSFから情緒溢れるファンタジーまで、たいへんヴァラエティに富んだ作品集だ。 表題作の面白さは折り紙付きだが、その他の作品も魅力あるものが多い。 作品の舞台は、宇宙の星々はもちろんだが、中国、アメリカ、台湾のほか日本も描かれている。 題材も、漢字の成り立ちがうまく盛り込まれたり、不死をテーマとしたもの、ロボット等、アイデア満載で見事。


地下水路の夜の表紙画像

[あらすじ]

 子どもの頃、文也は銀座の裏通りに住んでいた。 華やかな表通りから一歩裏に入ると古い家並みで水路も多かった。 ある夕暮れ、文也は野良犬を追いかけているうちに知らない街角に出てしまった。 古いビルの階段を降りると水路がありボートが繋がれていた。 うっすら明るい暗渠をボートを進めるうちに舟つき場があり、ドアを開けると女の人が文也が現れるのを待っていたかのように微笑んだ。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 幻想的で奇妙な味の短編12編。 ”奇妙”の度合いは各編さまざまで、ドキッとさせられるものから微妙な程度のものまでだが、どちらかと言うともやもやっとしたまま終わってしまう話が多い。 言葉の使い方や男と女の関係、女性の描き方など、ちょっと古いと感じさせられる表現もあり、すっきりこの物語世界に入りきれなかった感じだ。 奇妙さの度合いの高い表題作や「言葉の力」、死者に本を読み聞かせる「朗読者」などは印象に残った。


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