◎17年7月


僕が殺した人と僕を殺した人の表紙画像

[導入部]

 2015年11月7日。 ウエスト7マイル・ロード沿いにあるピザ屋で11歳の少年デューイはピザを買い店を出ると、駐車場で男がなにか組み立てていた。 人の好さそうな東洋人で台湾の伝統的な人形劇の舞台を作っていると言う。 デューイが手伝おうとすると人形師は無理矢理彼を車に押し込もうとした。 男は少年連続殺害犯の袋男(サックマン)だった。 それをたまたまピザ屋の中でセイヤー巡査部長が目撃した。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 
直木賞受賞作「流」と系統を同じくする作品。 1980年代半ば、台湾でのいわゆる悪ガキ少年3人の青春記に、その約30年後アメリカで連続少年殺人犯が拘束される話が時折挟まれる。 さすが幼少期を台湾で過ごした作者らしく、現実味溢れる現地の空気感と共に、跳ねるような少年たちの話が実に生き生きと躍動感に溢れている。 途中で語り手主体の予期せぬ変更があり戸惑ったが、このアクロバティックな手法が必要だったのか、若干の疑問を感じた。


耕せど耕せどの表紙画像

[概略]

 小説家・文芸評論家等として名高い伊藤整を父に持つ著者は、15年前に日大芸術学部教授を退官後、自宅敷地に農場を開いている。 著者が久我山の自宅横の農場で野菜作りに励む様子を描いたエッセイ集。 農場といっても東西13m、南北3mという猫の額ほどの、“農場”というよりも家庭菜園と呼ぶほうが合っている。 そこを三分割して東農場、中農場、西農場と称して、農作物を栽培しているわけだ。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 40u弱の狭い畑にたくさんの種類の野菜を次から次と栽培していく、バイタリティーあふれる農業ぶりだ。 そこでの青虫、うどんこ病などの病虫害や雑草繁茂との戦いの苦労話、エンジンカルチベーター(耕耘機)購入記など、私も市民農園を借りて野菜作りをしているので興味深く読めた。 本書の特徴としては、とりわけクワイの栽培に多くのページが割かれていることか。 けっこう話の脱線が多いが、全体にほのかなユーモアが漂う面白いエッセイ集。


劇場の表紙画像

[導入部]

 永田は東京で無名の劇団の芝居の脚本を書いている。 八月の太陽が街を朦朧とさせている中、彼はただ明治通りを南へ歩いていた。 原宿駅の脇を抜けさらに歩いていくと画廊があり、窓ガラスに鼻が触れるほど顔を寄せて中を覗いた。 少し前から、永田のほかに画廊の中を覗いている若い女の人がいた。 この人なら自分のことを理解してくれるのではないかと永田は考え、彼女にいきなり声をかける。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 又吉直樹の
「火花」に続く小説二作目。 書き始めはこちらの方が早かったそうだ。 前作同様、内的な表現が多いが文章にリズムがあって読みやすい。 俗に言えば、才能もないのに演劇にこだわり恋人の“ひも”のようにだらだらと暮らす自分勝手な男と、そんな男を抵抗なく受け入れて尽くす女の物語で、特に女性側の書き込みが足りないと思った。 彼女は東京に消耗したのか、この男に消耗したのか。 女性側の視点が欲しい。 ラストはとても良い。


百年の散歩の表紙画像

[導入部]

 わたしはカント通りにある黒い喫茶店でその人を待っていた。 店に入り、空いている席を探し、一番奥にたどりついて二人がけの小さなテーブルを選んだ。 目の前には6メートルくらいの長椅子が店の向こうの端まで続いていて、そこに夏のワンピースを着て腕を剥き出しにした体格のいい金髪女性が座っている。 仮にナタリーと名付けてみる。 ナタリーは二人の男と顔を寄せ合ってドイツ語で話をしている。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 10年以上ベルリンに住んでいる作者により、「わたし」がカント通り、カール・マルクス通り、プーシキン並木通りなど、実在する10の通りを散歩して思ったこと、感じたことを綴った物語。 移りゆく情景を観察し、行き交う人々に思いを馳せ、「わたし」の思考は連想の波を絶えず引き起こし、自由自在に膨れ上がっていく。 そして時に日本人である自分を意識する。 ストーリーがあるわけでもなく、言葉遊びのような文も多い。 連想の広がりを楽しむ作品。


かがみの孤城の表紙画像

[導入部]

 五月、雪科第五中学の1年生、安西こころは不登校になっていた。 入学以来、同じクラスの真田美織のグループにいじめを受けていたのだ。 新学期が始まって少しした頃に二軒隣に越してきた東条萌さんとは仲が良かったが、彼女もこころから離れていった。 今朝は、おとといお母さんと見学に行った「心の教室」というスクールに行くはずだったが、朝起きたらダメだった。 仮病じゃない、本当におなかが痛い。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 不登校の中学生7人が、各々自宅の鏡とつながった城のような建物の中で、願いを叶える鍵を探すという設定で、あまりにファンタジー過ぎるYAものかと思ったが、物語はそれなりに面白く引っ張る。 あまり皆が真剣に鍵を探さないのは疑問だが、ひとりが皆に学校で会おうと言いだしたあたりから面白さが加速。 伏線も分かりやすくオチは見えてしまうが、それが判明した後50ページのまとめ方がとてもいい。 人と人の繋がりに希望を見いだせる作品。


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