◎17年1月


iの表紙画像

[導入部]

 ワイルド曽田アイ。 父はアメリカ人で母は日本人。 アイは1988年シリアで生まれ、赤ん坊のうちに養子として二人のもとに来た。 小学校卒業まではニューヨークのブルックリンハイツという高級住宅街に住み、ハイチからの移民のシッターが来てアイの面倒を見てくれた。 やがて父の転勤に伴い、一家は東京に引っ越した。 幼い頃から日本語の家庭教師がついていたアイは私立中学に入学することになった。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 主人公アイの独白で全編構成される作品。 窮乏のシリアから裕福な外国人の養子となった女性の、幼時から20代後半までを描く、自己存在、アイデンティティの模索の物語。 主人公は非常に繊細で、そのまま物語も内省的な記述で綴られていく。 世界中における戦いや災害による犠牲者の数を記録し続けるアイ。 自らが生きていることの意味を探し続ける主人公の苦しみのエネルギーが充満した物語は、読んでいて息苦しくなるほど。


慈雨の表紙画像

[導入部]

 群馬県の警察官だった神場は、四十二年勤めて今年の三月に定年退職し、六月に妻の香代子と共に四国霊場八十八か所巡礼の旅に出た。 神場が四国遍路を行っている理由は、自分が関わった事件の被害者の供養のためだ。 彼には何度も夢に見るほど忘れられない事件がある。 十六年前、当時六才だった女の子が行方不明となり、山で捜索に加わっていた神場が殺害された遺体を発見したのだ。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 元刑事の遍路旅と、16年前と類似した幼女殺害事件の捜査が並行して描かれる。 犯罪捜査ものとしても主人公の家族のドラマとしてもよく出来ていると思うし、お遍路さんの旅もしっかりと取材されているようだ。 ただ、元刑事が現在進行中の捜査に関わっているのはやはり納得できないし、事件解決の決め手はもうひとつの感がある。 主人公の過去の事件の悔恨などに対するかたくなというか、一途過ぎる心情にもうまく入り込めなかった。


ウインドアイの表紙画像

[導入部]

 彼の少年時代、一家は古いバンガローの素朴な家に住んでいた。 彼は家のそれぞれの部分を別々のものと考えるのをやめ、家全体をひとつの家と考えるようになった。 家全体に彼を不安にさせるものがあった。 家全体を見渡せるところまで下がると、横に立った妹に言った。 「外側の窓が内側より一つ多いんだ。」 確かめるため妹を家に入らせ部屋から部屋へ移動させ、それぞれの窓から手を振らせた。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 長いものでも20ページ程度の25編の短編集。 全編、不可思議というか、不気味で奇矯な物語ばかり。 妹がいなくなったがもともと妹がいたのかも分からないとか、話のつながりや結末も、また描いているもの自体もよく分からない話が多い。 登場人物同士の会話も何かかみ合わず、ずれているような。 さぞかし翻訳は大変だったろうと思う。 新潮クレストブックスの1冊というよりも河出書房新社の奇想コレクションの叢書が相応しいような作品。


夜行の表紙画像

[導入部]

 大学時代に通っていた英会話サークルの仲間たちと鞍馬の火祭を見物するため、私は京都へ出かけた。 サークルに通っていたのは十年前、二回生の頃だ。 当時院生だった中井さん、一回生の武田君、最年長者の田辺さん、今回の旅では唯一の女性の藤村さんと私。 十年前、この5人と長谷川さんという女性の6人で火祭を見に行き、長谷川さんは姿を消した。 まるで虚空に吸い込まれたかのように。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 旅に参加した者たちがひとりずつ語っていく怪談話。 夢の中のような現実感のないミステリアスな雰囲気が全編に漂っており、メインに使われる日本各地の夜の世界を描いた銅版画の連作というのが効いていて、とても面白い。 各話ともそこで終わっちゃうのという感じもあるが、あえて最後まで描かず恐怖を引きずるようなところもいい。 怪しげな中に、背筋が寒くなるような怖さも味わえる。 最終話はテンポよくたたみかけ、うまくまとめた感じ。


喧嘩の表紙画像

[導入部]

 二宮は西心斎橋のビルの五階で二宮企画という建設コンサルタントをしている。 一階に高校のクラスメートで男子に人気のあった藤井あさみが婦人服関連の卸小売り経営者として入る。 藤井の事務所を訪ねるとやはり同級だった長原がいた。 長原は国会議員の秘書をしていると言う。 長原は二宮がヤクザ関係につながりがあることを知り、議員事務所に火焔瓶が投げ込まれた事件の解決を依頼してくる。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 二宮とヤクザの桑原のコンビを主人公としたシリーズ6作目で、
前作で組を破門され後ろ盾を失い引きこもっていた桑原が二宮の儲け話を嗅ぎ付け、生来のイケイケ気質で危険な騒動を巻き起こす。 相変わらず二人の掛け合い漫才のごときやり取りが面白く、シリーズの好調を維持して物語はラストまで一気に引っ張る。 儲け話のもとになる”ヤマ”がけっこう複雑で分かり難いのもシリーズ他作と同様だが、テンポよく話が進むので気にする暇なし。


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