◎16年9月


落陽の表紙画像

[導入部]

 明治45年(1912)の東京。 瀬尾亮一は東都タイムスの記者。 東都タイムスは記者倶楽部にも出入りできない、三流以下の大衆紙だ。 七月の陽射しが容赦なく降り注ぐ中、彼は日野男爵の広大な洋館を訪れる。 夫人の作る西洋料理についての取材と言って約束を取り付け、男爵夫人との面談にこぎつけた。 そこで亮一は、夫人の池之端仲町の料理茶屋での男と逢瀬という醜聞記事の原稿を差し出す。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 醜聞記事が売り物の三流新聞の記者を主人公に、彼らの取材を通して、明治神宮の創建と150年後を見据えた神宮林造営の物語が描かれる。 また、明治天皇の人間としての実像に思いを馳せる記者の姿が併せて描かれている。 テーマとしては大きいが、静かなトーンで進む地味な物語だ。 日清・日露戦争の戦死者の名簿を夜更けまで繰っていたという天皇の姿には心を動かされるが、この本自体はなにか焦点が絞り切れていないと感じた。


拾った女の表紙画像

[導入部]

 ハリーはサンフランシスコのカフェの店員。 ある夜、11時前、たった一人の客が店を出た瞬間、彼女が店に入ってきた。 小柄なブロンドの髪の美しい女。 相当に酔っ払っている。 コーヒーを飲んだヘレンという名の女はハンドバッグをなくして金が払えないと言う。 ハリーはコーヒー代を立て替えてやり、一緒に店を出る。 南のサンシエンナから来たという彼女に、まずはバスターミナルのロッカーを探す。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 1954年の作品で、「幻の傑作ノワール」との帯の謳い文句から、てっきり
ジム・トンプスンのような不条理な犯罪ものを連想したが、実にやりきれない恋愛を描いた物語だった。 もっともハリーの一人称での語り口調はノワールそのもの。 ろくに仕事もせず、アルコールに依存し、やがては自殺願望に至る二人。 ブラックなユーモアと厭世的な雰囲気に満ちた物語だ。 解説にもあるが、始めからもう一度読み返したくなるラストが待っている。


暗幕のゲルニカの表紙画像

[導入部]

 1937年4月、ピカソはパリの古い館にいた。 アトリエには巨大な真っ白いカンヴァスが壁一面を覆っている。 3か月前、スペイン大使館員らがピカソのもとを訪れ、5月に開催されるパリ万博のスペイン館の目玉となる壁画の製作を依頼していった。 スペインは共和国政府にフランコ将軍率いる軍が反乱を起こし内戦状態だった。 ピカソは自分なりのやり方で共和国政府を後方支援できればと、承諾する。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 大戦前後のパリでのゲルニカ製作時期のパートと、9.11後のアメリカのパートが交互に描かれる。 ニューヨーク近代美術館に勤務していた作者だけあって、ピカソがゲルニカを描いていく過程のドラマは興味深く面白い。 愛人ドラ・マールに語らせてドラマが生きた。 一方、現代パート後半のゲルニカのアメリカ展示を巡ってのテロ事件は、設定・展開ともお粗末な印象。 また月刊誌連載そのままなのか、状況説明など重複した記述が目立った。


人生の真実の表紙画像

[導入部]

 20歳のキャシーは名づけ前の赤ん坊を抱えて銀行の玄関下の石段に立ち、引き渡しの相手を待っていた。 約束の12時を過ぎた。 12時12分、女性がまっすぐこちらに向かってくるのが見えた。 その途端、キャシーは今度は手放したりしない、と赤ん坊を抱いたまま走り出す。 家に帰ってきたキャシーを見て母親のマーサは、赤ん坊はキャシーの上の姉6人が順繰りに分担して育てると宣言する。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 世界幻想文学大賞受賞作ということで超自然的な出来事がどんどん現れるのかと思ったが、この物語の主体は家族小説だった。 7番目の末妹キャシーが産みフランクと名付けた男の子を中心に、第2次大戦前後の時期における大家族のヴァイン家の物語が綴られる。 娘7人に各々の配偶者など登場人物は多いが、よく整理されて描かれ読みやすい。 動乱の時期を生き抜く家族の絆の固さが感じられる、ちょっとの不思議さを加えた小説。


刑罰0号の表紙画像

[あらすじ]

 広島の郊外に住む佐田行雄は今年74歳。 毎朝3時になると目が開いてしまい、真っ暗な道を散歩に出るようになった。 サイクリングロードで足を止めた時、繁みの中から少年が飛び出してきて体にまともにぶつかり、相手と一緒にアスファルトに倒れ込んだ。 少年は佐田の腕の傷を見てあからさまな悪意の言葉を投げつけ仲間の方へ走り去った。 佐田の腕には被爆した時以来の不気味な傷があった。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 近未来SFミステリーで、2008年発表の短編「刑罰0号」に6年後から続け始めた6本の連作短編を加えて、全体としてひとつの長編小説になっている。 死刑と無期懲役の間に位置し、加害者に心の底から悔いてもらうための刑罰という発想は興味を引くが、全体に重たく、暗い物語。 2本目以降うまく話を広げて繋いでいるが、イスラムテロ組織にまで話が及び、物語の中に没入できないまま終わった感じ。 なんかふりがなの多い本でした。


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