◎16年7月


罪の終わりの表紙画像

[あらすじ]

 22世紀半ば過ぎのアメリカ。 14歳のナサニエル・ヘイレンは、母親のピアが義務教育の必要性を認めていなかったため、小学校を卒業してからは学校へ行かずアルバイトをして日銭を稼いでいた。 彼はめったに家に帰ってこない母の代わりに家事をこなし、障害のある兄のウッドロウの面倒も見ていた。 ある日、屑鉄屋のボビーから、近くの貯水池に事故ったオートバイが打ち捨てられているという話を聞く。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 主人公ナサニエルの生い立ちから少年時代、罪人となった彼が小惑星の地球衝突後の世界において救世主と崇められていく様子などが描かれる世紀末ハードドラマ。 作者の「ブラックライダー」(未読)の前日談であり、まるで
「世界の終わりの七日間」の後日談のような作品。 黒騎士として神格化されたナサニエルとその処分を命じられた白聖書派の追っ手とのサスペンスを軸に、娯楽性を併せ持つ壮大な物語が展開される。 日本の小説の枠を超えたか。


残り者の表紙画像

[あらすじ]

 江戸城、西丸の大広間には百七十人ほどの奥女中らが集められていた。 徳川幕府は瓦解し江戸城明渡しとなったため、慶応四年四月十日、天璋院は大奥を立ち退き、一橋邸に引き移るのだ。 口上がすみ、天璋院の乗った駕籠が出て行くと、奥女中ら、またそれぞれが雇っていた下女など千人にも及ぶ女たちが一斉に退城に向け大混乱となった。 呉服之間に奉公していたりつも大奥を出ようとしていた。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 江戸城最後の日の大混乱の中で、いろいろな理由や思いから、その日大奥に留まった「残り者」のドラマ。 軽い作品だが、大奥という特殊な場の最後の日という設定がとても興味深く、留まった女たちもなかなかに癖のある者揃いで、その絡み合いは若干のユーモアも交じえて、それなりに楽しく読めた。 最終章では、残り者だった女達が、その後時代の変転と共にそれぞれ自らの人生を逞しく生きていった様子が描かれ、心地よい幕切れとなった。


疾れ、新蔵の表紙画像

[あらすじ]

 五つ(午後8時)、人通りの絶えた江戸の屋敷街を新蔵は古梯子を抱え急いでいた。 越後岩船、酒匂近江守忠純の中屋敷の築地塀に梯子を立てかけ中庭へ降りる。 国許へ帰りたいという志保姫を連れ、再び梯子を使い塀の外へ。 歩き始めた途端、見張りの者に誰何される。 木刀で二人を倒したとき姫の躯が前に折れた。 窪みか石に足を取られひねったらしく歩けない。 新蔵は姫を負ぶって走り出した。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 江戸表と越後の国許との確執の中、国許の密命を帯びた男が、政略結婚の道具として江戸に連れてこられた10歳の姫を伴って江戸詰の藩士らに追われながら越後へ逃走する時代劇。 一直線の逃走劇だけでも十分読ませるが、隠れキリシタンなどのサブストーリーもあり、新蔵らに付き従う二人の愉快な駕籠かきや、執拗に追ってくる凶悪な浪人兄弟など、脇役陣も豊富でヴァラエティに富んでいる。 適度な謎に迫力ある剣劇、痛快な娯楽作だ。


赤い刻印の表紙画像

[あらすじ]

 中学三年の羽角菜月は自分の幼い頃の写真アルバムを見ていた。 最終ページの厚紙には自分の誕生日と手形、足形が朱いインクで押してある。 夜の11時を回り、母の啓子が帰ってきた。 母は警察官で、今月は「お宮入り防止月間」のため時効が迫っている昔の事件の洗い直しに忙しい。 そんな母から、母には『生みの母』と『育ての母』がいて、『生みの母』はまだ生きているという言葉が出てきた。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 4作の推理短編集。 推理ものの短編では、はたと膝を打つような幕切れが望まれるが、冒頭の表題作などはラストまで読んでも”?”で終わってしまい、これは読み手のほうが鈍いということかな。 そのほかの諸作も、読み終わってすっきりせず、なにかぼんやり、もやもやした読後感のものだった。 作者が鋭さを見せようとしているのは十分感じられる造りなのだが、いずれも内容が暗い話で、読んでいて作品世界に入り込めないところは残念。


裏切りの晩餐の表紙画像

[あらすじ]

 CIAのスパイ、ヘンリーは、元同僚のシーリアに会いに、カリフォルニア中部の街を訪ねる。 シーリアはヘンリーと付き合っていたが、5年前の2006年に起きたウィーン国際空港での大惨事のあと、突然彼と別れた。 彼女は職を辞し、元GMの支配人だった初老の男ドルーと結婚して今は2人の子供の母親だ。 レストランで会った2人は、ウィーン事件でのCIA職員の行動について探るような会話を続ける。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 恋人同士だったスパイと元スパイの二人がレストランで向き合い、かつての事件の謎についてお互いの腹の内を探り合うような会話を続ける場面が物語のほとんどを占める。 冷戦後のスパイ小説はなかなかネタが難しいジャンルだと思うが、試みとしては面白いスタイル。 ぴりぴりするような言葉の応酬、スリリングな展開が望まれるところだが、元恋人同士の男女という設定が良かったのかどうか。 終盤を除けば緊迫感もあまり感じられず。


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