◎14年3月


恋歌の表紙画像

[あらすじ]

 明治37年の東京市。 三宅花圃は、昨年から欧米漫遊の旅に出ている在野の論客で知られる夫・雪嶺の留守宅を守って忙しい日々を送っていた。 花圃は嫁ぐ前の二十才過ぎの頃、明治の婦女子が小説なるものを上梓した初めての作品「藪の鶯」を書いた。 今は小説の新作にはとても筆が及ばない。 昔通っていた歌塾「萩の舎」の主宰者である中島歌子が入院していると聞き、とり急ぎ病院を訪れる。

[採点] ☆☆☆☆★

[寸評]

 芥川賞の次は直木賞受賞作。 これは直木賞に相応しい見事な物語だった。 幕末から明治への混乱期にあって、右往左往する幕府・諸藩に振り回される武士や庶民の波乱に富んだ物語であり、恋情がほとばしるような恋愛小説でもある。 また、目を背けるような復讐の連鎖、非情さも併せて描かれ、たいへんドラマチックで激しく、かつ情味豊かな作品。 花圃をして中島歌子を語らせる体裁だが、ストレートに歌子の語りでも良かったのではないかとも思った。


昭和の犬の表紙画像

[あらすじ]

 昭和30年代の滋賀県香良市。 5才の柏木イクは父が借りた家に小さな馬車で向かっていた。 そこは市の中心部から離れた場所で、さる実業家が遊園地建設の事前調査のために建てた仮設事務所だったが、工事が延び空き家の事務所を安く借りたのだ。 それはTV放映されていたララミー牧場に出てくるカウボーイの家のようだった。 父が先に来ていた家には黒い犬・トンと三毛猫のシャアがいた。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 今回の直木賞は2作受賞。 作者と同年代の主人公の平成20年まで、5才からの45年間に、その時期その時期に飼ったり出会ったりした犬をサブキャラとして配しながら描く物語。 犬との絆・触れ合いに話が傾くことはなく、どちらかと言えば比較的平凡な女性の半生を淡々と描いていくもの。 したがって、ドラマチックな出来事も派手な展開もさしてない。 それでも同世代の私には時代毎に思い浮かぶ景色もあり、その時代の空気はしっかり出ていた。


秘密の表紙画像

[あらすじ]

 1961年、イングランドの田園地帯に立つ農家。 ニコルソン家の16才の長女・ローレルは、家を出てロンドンの俳優養成専門学校に行く決意を固めていた。 夏の日、母屋の裏手に男が現れるのをローレルは見ていた。 セールスマンか何かか。 応対した母の顔に恐怖の色が。 男は母の名前を呼び、”久しぶりだね”と言った。 すると母は持っていたケーキ用のナイフを男の胸に深々と突き刺した。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 まさに”あっと言わせる”鮮やかな展開に、思わず”そうきたか!”と拍手を送りたくなる作品。 前作
「忘れられた花園」はゴシックの雰囲気が見事だったが、今回はより純粋なミステリとして大きく進化している。 衝撃的な冒頭から、70年にわたる時代・場所・語り手を縦横に操って、娘が”母”の秘密に迫っていく。 最後に到達するその秘密の真相は、娘にとって、また読者にとっても最も適切な答であり、読後感もすっきりと納得のいくものとなった。


手のひらの音符の表紙画像

[あらすじ]

 45才の瀬尾水樹は服飾メーカーのデザイナーだが、大手ではないので、本業以外にも企画、販路拡大、プロモーションと日々追われていた。 ある日、社長から来年春をめどに服飾業界からの撤退を告げられる。 もともと大手から引き抜かれて入社した水樹は呆然とする。 そんなとき、高校3年の同級生だった堂林憲吾から、担任だった上田先生が入院しておりもう長くはないとの連絡が入る。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 冒頭の大きな一撃から主人公の子供時代に移るあたり、何となくどこかで読んだような話の流れに先行き不安を感じた。 高校までの話も一般的に言う不幸な境遇の者を描くばかりで、少々息苦しいような展開が続く。 それでも、正直に生きる、心に嘘をつかない、飾らない意志が随所に表現され、胸に響く場面や言葉も多い。 終盤の流れにも意外性はないが、長い時間をかけてようやく辿り着いた喜びの場面には素直に感動させる力があった。


ポースケの表紙画像

[あらすじ]

 ヨシカは奈良の商店街にある古書店の2階でカフェを開いている。 22才で食品メーカーの総合職に採用され、やがて営業成績は同期で一番になったが、次第に社内で孤立。 唯一懇意にしていた女性部長が突然亡くなり、27才で退社。 カフェを始めて7年になる。 厨房に近い席で7時から14時のパートの竹井さんがぐったりしている。 彼女は会社を鬱で辞めてから睡眠サイクルがおかしくなった。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 芥川賞受賞作「ポトスライムの舟」の続編だが、もともと物語らしい物語でもないので、単独で読んでもまったく問題なし。 カフェの店主、パート、客らがそれぞれ語り手となる9章立ての物語。 ふとしたきっかけからカフェでノルウェーの復活祭ポースケを行うことになり、それに向けて何となく物語は進んでいく。 態様や勢いの違いはあれど、皆それぞれに悩みや障壁を抱えながらも、ともかく前向きに生きる姿がなんとなく元気をもらえるような作品。


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