◎11年4月


末裔の表紙画像

[あらすじ]

 定年も見えてきた役所勤めの省三が一人暮らしの家に帰ると、いつもと変わらぬ玄関ドアの鍵穴だけが消えていた。 家の脇にはいなくなった家族の自転車や壊れた電気器具が押し込まれており、裏庭へ回ることはできない。 妻はガンで亡くなり、息子は結婚して家を出、娘は妻の一周忌を過ぎた頃家出した。 仕方なく新宿へ戻り居酒屋で時間をつぶすが閉店で店を出て、東口に座り込む。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 作者の、いつもの不可思議で幻想的でなおかつやけにリアルな作品世界から、もう一段達観したような描き方になっている。 ただ、それが”高み”なのかどうかは判断できない。 型のひとつ外にあるようなユーモア感覚も、今回はさらにもうひとつ外へ行ってしまったようで、全体として絲山節はトーンダウンした印象。 作品としてはより成熟した形かもしれないが、エンタメ的には今までの諸作より楽しめませんでした。


ミステリウムの表紙画像

[あらすじ]

 3月のある日、地方新聞の見習い記者のマックスウェルのもとにブレア行政官から、キャリックでの調査依頼が。 キャリックは現在警察と軍が封鎖しており、疾病や災害の噂しか聞こえてこない。 承諾すると、先に読むようにと文書が届いた。 それはキャリックの薬剤師であるロバート・エーケンの手記だった。 そこには1月初めにカークという男がキャリックに来てから一変した町の様子が綴られていた。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 架空の町を舞台としたちょっぴり背徳的な物語は、まさにマジック・リアリズムの世界。 そこで事件の真相に迫ろうとする語り部となる見習い記者とともに読者は、ミステリアスな箱庭のような町の中で二転三転する”真実”に翻弄される。 すっきりと謎が解決されないと気がすまない人には不向きだが、この作品は語り(騙り)の面白さを楽しむものと考えれば、十分に読む価値がある。 幻惑されてやや甘めの採点に。


ばんば憑きの表紙画像

[あらすじ]

 佐一郎とお志津は江戸の小間物商「伊勢屋」の若夫婦。 連れ添って3年になる二人はいまだ子宝に恵まれない。 舅姑の主人夫婦は揃って健勝で、冷えやすい体質のお志津には湯治が良いと箱根の旅に送り出してくれた。 但し嘉吉という下男が佐一郎の見張り役で付いてきた。 家格の低い家からの婿に、舅姑は冷たい。 帰路、お志津が雨を嫌い戸塚で足止めとなる。 (表題作「ばんば憑き」)

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 40〜90ページの江戸人情もの怪奇短編6編からなる。 作者の得意中の得意分野であり、まさに自家薬籠中の物という感じで、多彩な物語世界を縦横に展開する。 手慣れたイヤ味などはまったく感じさせず、キャラクタの色分けは明確で、途中で裏切られることもない人情味豊かで素直な作品ばかりで、安心して楽しめる。 物の怪や幽霊よりも生きた人間の世界が一番怖ろしいという描き方も、ありきたりだが巧い。


川あかりの表紙画像

[あらすじ]

 伊東七十郎は綾瀬藩で小姓組に出仕しているが、藩内でも臆病で有名だった。 綾瀬藩では中老が暗殺され政情不安に陥り、若侍たち18人が建白書を国家老に出し寺に立て籠もっていた。 七十郎も誘われたが、事成らなかったときの切腹が恐ろしくて加わらなかった。 そんな日、彼は元勘定奉行の増田惣右衛門に呼び出され、私腹を肥やしている江戸家老の甘利典膳を斬るよう命じられる。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 刺客を命じられた臆病な武士が、大雨による川止めで相手の対岸で足止めをくらい、安宿で胡散臭い連中と知り合って・・・。 そう簡単に務めを果たせるわけもなく、かと言って主人公があっさり斬られるはずもないわけで、どう展開するのか期待半分だったが、意外な剣劇場面も含め十分に楽しめる作品。 少々うまく行き過ぎの感もあるが、時代小説の衣をまとった18歳男子の爽やかな成長小説としても納得の出来。


忘れられた花園の表紙画像

[あらすじ]

 1913年のロンドンの港。 幼い少女は船の甲板にずらりと並ぶ大樽の影でじっとしゃがみこんでいた。 おばさまはじきに戻るからここで静かに待っていてと言ったが。 やがて汽笛がとどろき巨大な船は出航していった。 そして1930年のオーストラリアのブリスベン。 ヒューは娘ネルの21歳の誕生パーティーの夜、先ごろ亡くなった妻とヒューが17年間ずっと封印してきた秘密をネルに伝える。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 20世紀初頭の英国の領主の館での物語を軸に、70年代、21世紀初めの3つの時代を自在に行き来しながら展開するゴシック・ミステリー。 謎の衝撃度はさほどでもないが、庭園に囲まれた館や当時の風俗、装丁、間に挿入された三編の”おはなし”を飾る模様など、雰囲気にまいりました。 人物の描き方とその行動には若干の違和感もあるが、引き付ける語りはなかなか見事だし、長さは感じても飽きさせはしない。


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