◎13年12月


壺中の回廊の表紙画像

[あらすじ]

 昭和初期の東京、大学講師をしている桜木治郎は、江戸歌舞伎最後の大作者と呼ばれた桜木治助の末裔。 京橋の江戸の昔から由緒ある劇場街の中の巨大な木挽座は多くの客を引きつけており、桜木一門の治郎も劇場関係者として足を運んでいる。 今日の楽屋回りの最後は若手の信頼も厚い五代目袖崎蘭五郎。 その彼が芝居の合間に舞台裏で倒れているのが発見される。 毒殺されたらしいのだ。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 作者お得意の近世歌舞伎界を主な舞台としたミステリ。 今回は関東大震災から復興して間もない時期の東京を舞台としているが、歌舞伎界を中心に描くというよりも、当時の社会情勢や世相の描写に力が入っている感じ。 前半は比較的動きが少なくやや長い印象だが、一方後半は、事件が急ピッチで大きく展開し、桜木治郎が真相にたどり着くまでテンポよく話が進み、ミステリの醍醐味が味わえる。 前半をもう少し詰めれば4つ星かと思いました。


海と月の迷路の表紙画像

[あらすじ]

 昭和34年、荒巻巡査はN県警任官後最初の転勤でH島派出所に勤務することになった。 当時H島は石炭算出の全盛期で、旧財閥系の鉱山会社が島を所有し、軍艦島とも呼ばれ、周囲1km程度の島に鉱員や職員、その家族ら5千人が住み人口密度は世界一といわれていた。 赴任した彼を待っていたのは会社の外勤係という男。 島内のもめ事は外勤係がほとんど処理し、表だった事件はないという。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 軍艦島として知られた長崎県端島を舞台に、息詰まるような空間と人間関係の中で展開する捜査劇。 当然事件はフィクションだが、島の様子は当時の状況をそのまま活写していると思われ、その世界にも稀な環境が実に興味深い。 一方肝心の捜査劇は、正義感の強い新米警察官が、さまざまな軋轢の中、苦闘しながら少しずつ周囲の信頼を得て犯人に近付いていくもので、かなりの長尺だがなかなかにスリリング。 リアリティのあるミステリで面白い。


緑衣の女の表紙画像

[あらすじ]

 アイスランド首都近郊、湖近くの新興住宅地で、建築中の家の基礎から人間の骨が発見された。 レイキャヴィク警察の犯罪捜査官エーレンデュルは、部下のエリンボルク、オーリと共に現場に向かう。 土の層を崩していくと体全体の骨が見え始めた。 半世紀以上前のものと思われ、考古学者の作業チームが掘り起こしを行うことに。 突き出された五本指から生きたまま埋められた可能性があった。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 昨年、翻訳された
「湿地」の次作で、前作に続き北欧ミステリ大賞を連続受賞した作品。 英国推理作家協会賞も受賞した。 テーマは暗く、冷たく、重い作品だが、ミステリとしての完成度はかなり高いと思われ、ラストの悲劇の真相に向かう後半はまさに一気読みの面白さを持っている。 物語の進行が、考古学者の作業が遅いとか、検死医が休暇中とかに頼っているのはちょっと不満だが、北欧の人の名前に慣れれば読みにくさもなく楽しめる。


蛇行する月の表紙画像

[あらすじ]

 戸田清美は北海道の割烹ホテルかぐらの営業社員。 宴会をとってきては客に酌もする。 客からは尻や脚をなでられ、請われれば二次会もつき合う。 それで賃金は7万円。 ようやく家に帰って11時、茶の間の電話が鳴った。 高校の時同じクラスで図書部の仲間だった須賀順子からだ。 彼女はたしか札幌の和菓子店に就職したはず。 順子は妻のいる四十過ぎの職人と東京に逃げることにしたと言う。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 まずは作品名がいい。 ”蛇行する”というところが人の生き様を表して期待感大。 高校の仲間だった女性たちなど6人の人生の一時期を切り取った6編の短編集。 連作の中心は妻ある男と駆け落ちした順子。 彼女の現況をバックに自分の姿を見つめ直すといった話で、相変わらず北国を舞台とした乾いたタッチの筆はお気に入りだが、対照的な都会の濃密さの描写も面白い。 各編あまりに短いのは不満だが、最後の順子の光に感謝したい気持ち。


なぎさの表紙画像

[あらすじ]

 冬乃は久里浜で会社員の夫・一弘と二人暮らし。 何年も前から連絡を取り合っていなかった妹の菫が、三日前突然、部屋でボヤを起こして住むところがないと電話してきた。 妹は漫画家としてそこそこ売れ、長野の実家を出て東京に移り住んだが、突然漫画を描くのを止め東京中を転々としていたのだ。 同居して一月ほど経った頃、古い造りの閉店したスナックを改装してカフェを始めると言い出す。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 冬乃と夫の会社の部下・川崎を中心に多彩な人物が、生きていくこと、人とつながることの喜びと苦悩を描いていく。 前半は絞れていないというか少々散漫な印象で、このままズルズルいくのかと危惧したが、カフェが動き始めたあたりからリズムにも慣れ、物語世界に引き込まれる。 様々な人間が重なり合い、軋轢、衝突もある、一方断ち切ることのできない関係、守るべき関係もあること、純粋に求める心の大切さなどが静かに心に響いてくる作品。


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