◎12年10月


もらい泣きの表紙画像

[あらすじ]

 作者が「小説すばる」誌上で連載した「泣き」を主題としたコラムをまとめたもの。 テレビ局勤務の知り合いの女性の実家に、親族の頂点に立ってその事業を支配し、義理でも本当の子供でも笑った顔は見たことがない、優しさのかけらもない「ババア」がいた。 一族例外なくそのお婆さんを恐れ憎んでいたが、老衰で亡くなったとき、部屋の金庫の中から思わぬものが出てきた。(「金庫と花丸」)

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 作者が周囲の人から聞いた様々な「泣ける」話を、本質を保ちながら、アレンジしたり合体したりしたエピソード集で、33話が収められている。 自分でも格別非情な男とは思っていないが、私が「もらい泣き」してしまう話は残念ながらなかった。 もちろんすべて「いい話」だとは思ったが、泣くところまではどうか。 巻末に、書籍化に先立って作者のブログでの公募に応じた一般人の5話が掲載されているが、そちらのほうが「泣き」度は高いと感じた。


The 500の表紙画像

[あらすじ]

 ハーヴァード大学ロー・スクールのマイケルは、”政治と戦略”ゼミ客員教授のヘンリー・デイヴィスのお眼鏡にかない、業界最大手の戦略コンサルティング会社デイヴィス・グループで働くことになる。 新入社員でも個室と破格の給料が与えられるが、短期間で結果を出さなければお払い箱だ。 初仕事はドイツに本部がある多国籍企業が利用している法律の抜け穴を塞ぎアメリカ企業に有利に導くこと。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 中盤はちょっとダレるが、ほぼ全編を通してスピード感のあるサスペンス。 どんどん先へ進めていくことが第一で、筋立て、設定などは少々粗く、急ぎすぎ、うまく運びすぎ、といったところが多く見られるが、後半はアクションのたたみ掛けもあり、有無を言わさぬ面白さがある。 映画化権が高く売れたというのも頷けるところだ。 私としては、日本ではまだあまり馴染みのないロビイストの活動・暗躍話をもう少し読みたかったが。


最果てアーケードの表紙画像

[あらすじ]

 そこは世界で一番小さなアーケード。 入り口はひっそりとして目立たず。 中は薄暗く、通路は狭く、ほんの十数メートル先はもう行き止まりだ。 お揃いの細長い二階建ての作りになった店はどれも一様に古びている。 そこで生まれた私は、今も飼い犬のぺぺと一緒に中庭で長い時間を過ごす。 アーケードのレース屋から常連客の老女の声が聞こえる。 老女は昔、劇場の衣装係をしていた。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 レース屋のほか、義眼屋、輪っか屋(ドーナツ屋)、紙店、ドアノブ専門店、勲章店等々、一風変わったお店が連なる最果ての小さなアーケードを舞台にした幻想的な短編集。 一話20ページほどの全10話から成る。 語り手の少女も登場人物の誰もが、またこの物語世界そのものが、薄明るい靄に包まれたような不思議な感覚が全編に満ちている。 怒りや憎しみとかには無縁の世界で、”死”も限りない優しさの中に取り込まれている。


占領都市の表紙画像

[あらすじ]

 1948年1月26日、東京。 豊島区にある帝国銀行椎名町支店。 15時に閉店し、行員は玄関を閉め、残務整理を始めていた。 そこに腕に都のマークの入った白い腕章を付けた厚生省技官、山口二郎を名乗る男が予告なく現れ、ある赤痢患者の同居人がこの支店を訪れていたことが判ったので、行員らに薬を飲むよう命じる。 そして猛毒を飲まされた彼らは12人が死亡、生存者は4人。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 5年前に刊行された
「TOKYO YEAR ZERO」のシリーズ第2作。 戦後の混乱期に起きた事件を描く三部作で、第1作は小平事件、本書は帝銀事件を扱っている。 前作よりもいっそう暗黒度を増した文章はかなり読者を選ぶもの。 物語は12章に分かれ、それぞれ異なった文体、描き方だが、不条理な言葉の繰り返しは共通している。 内容はあくまで帝銀事件を背景に、混乱の極みにあった戦後日本社会を真っ黒に塗りつぶしながら描いていく。


暴力の教義の表紙画像

[あらすじ]

 1910年、アメリカとメキシコの国境はどこも無政府状態にあった。 45歳で犯罪常習者にして殺人者のローボーンは、リオ・グランデ川べりを走る三トントラックを停車させ、礼はするので乗せてくれと頼む。 そして酒に毒を混ぜて運転手と助手を殺しトラックを奪う。 一方、ローボーンの息子は幼い頃、母とともに父に捨てられたが、今は優秀な連邦捜査官として政府のために働いていた。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 革命前夜、混乱の極みにあった土地で、おとり捜査のためメキシコに乗り込む若い捜査官と、免責特権を得るため協力する犯罪者。 2人は父子であることは読者には明らかにされ、息子も父親が分かるか、ローボーンは気づかない。 そういう状態で、次々と2人に危難が襲いかかる。 アクションの連続は見応えがあるし、父子の描き方もいいのだが、捜査自体も方向も、説明不足なのか私の理解不足なのか、よく分かりませんでした。


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