◎12年12月


夏の王国は目覚めないの表紙画像

[あらすじ]

 高校生の美咲は三島加深という本格ミステリ作家に強く惹かれていた。 三島加深は3年前「空色眼球」で鮮烈デビューし、その後立て続けに3作品を出版した。 1年前、「ピリッシュノイズ」が発売されて以来、小説の刊行が途切れている。 ネットで、三島加深のファンサイトのどこかに特別な隠しサイトへの入り口があるという。 隠しサイトに入った美咲に架空遊戯への参加依頼メールが送られてくる。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 ミステリ作家のファンが集まり、三日間の劇を演じ、見事ゲームをクリアした者に未発表作が与えられる。 この、登場人物たちが劇中の人物をお互いに演じるところがこの物語の面白いところで、どこまでが劇中の演技なのかどこまでが素なのか、渾然一体となったあたりが見どころ。 本格推理ものなので、終盤の説明口調は致し方ないが、そのあたりは少し苦手。 殺人劇だが、青春ものっぽい味も巧みに出して、さわやかな話に仕立てられている。


64の表紙画像

[あらすじ]

 D県警の三上警視は、20年ぶりに警務部広報官の職に就いた。 「刑事」であることを自認する三上は、今回、2年で再び刑事部に戻ることを意識しつつ、広報室の改革に取り組んでいた。 そんなときに起きた重傷交通事故。 脇見運転の主婦の車が老人を撥ねて重傷を追わせたありふれた事件だが、警察は加害者の主婦を記者に匿名にして伝えたことから、記者クラブと激しく対立する。

[採点] ☆☆☆☆★

[寸評]

 7年ぶりだという作者の新作単行本。 まさに7年間の推敲が凝縮されたような濃い作品で、650ページの長さは確かに長いが、三上に、そして広報室に怒濤のごとく押し寄せる難題の嵐と、それに激しく翻弄されながら、なお立ち向かっていく彼らの姿に圧倒される。 そして14年の時を経て急展開する少女誘拐殺人事件捜査の緊迫感溢れるサスペンス、加えて三上の深刻な家庭問題と、読みどころ満載。 それらが幾重にも重なり合う構成が見事だ。


海の見える街の表紙画像

[あらすじ]

 本田は30代独身の図書館司書。 一人住まいのアパートでインコを飼っている。 海の見える街のこの図書館はベテランの職員が多く、3年目の日野さん以外二十代はいない。 同期の和泉さんが結婚して産休に入ってしまい、派遣の鈴木春香という女の子がやってきた。 彼女は司書資格はなく、ヒラヒラしたシャツに短いスカート、館の大事な絵本を手裏剣のようにカゴに投げ入れてしまうような人だ。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 最近こういうタッチのものが多いカバーイラストは好みでないが、中身は素晴らしい。 図書館と隣接の児童館で働く30代の男2人、20代の女2人の4人がそれぞれ語り手となる連作中編四編。 この4人、それぞれ友人がほとんどいないが、職場と家の往復という狭い社会の中で、お互いを意識し合い、時に避け合いながら、不器用に人と人との関わりを求める姿が実に自然。 単純に爽やかな物語ではなく、ドロドロしたところ、辛さもしっかり描けている。


紳士の黙約の表紙画像

[あらすじ]

 ブーン・ダニエルズはカリフォルニア州サンディエゴ市パシフィックビーチのサーファーであり、ときどき私立探偵もやる。 しかし今回の弁護士事務所からの依頼にはまいった。 サーフィンの殿堂入り、皆から愛され尊敬されていたK2ことケリー・クーヒオが先日殴られて死んだ。 その犯人の若造の弁護の手伝いとは。 不本意ながら調査を始めたブーンは、若造の自白にも目撃者の証言にも疑問を抱く。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 サーファー、ときどき探偵の元刑事ブーンを主人公とする
「夜明けのパトロール」のシリーズ第2作。 常に水準を超える作品を送り出してきた作者だけに、本作もあっという間に500ページと、存分に楽しませてくれる。 登場人物も多く、いくつかの事件を絡ませ、少々入り組んだ物語なのだが、読み手を混乱させることなく、最後の最後までサービス精神満点の娯楽に徹した作品。 仲間たちとの軋轢ではらはらさせるあたり、見事な職人技という感じ。


佐渡の三人の表紙画像

[あらすじ]

 吉祥寺駅のホームで父と弟と待ち合わせる。 祖父母の家の隣に住んでいた親戚のおばちゃんが亡くなり、どういう成り行きか、うちの家族が佐渡のお寺にある先祖の墓に納骨に行くことになった。 弟は高校を中退してからずっと祖父母の家の2階にひきこもっているが、30過ぎて初めてよその土地に出かけると言った。 父は古道具屋。 私は雑誌にエッセイなどを書く物書きでみな別々に住んでいる。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 まずは今年の”装丁大賞”という感じで、実にインパクトのあるカバーです。 書名もいいのだが、肝心の本の中身はユルい話で、離れて暮らす家族が、親戚のおばちゃん、続いて祖父、そして祖母の納骨のために佐渡で再会する様子が、連作四短編でユーモアを交えて淡々と描かれる。 普段離れていても、いったん集まれば家族や親戚の気のおけない会話がとても自然。 99歳9か月でなくなった祖父を「スリーナインで大往生」には笑った。


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