◎09年3月


鳥かごの詩の表紙画像

[あらすじ]

 昭和41年3月、鳥海康夫は東京の下町にある新聞販売店に就職を決める。 大学受験に失敗し、東京で働きながら予備校に通うため、勉強のできる空間を確保すべく、個室のある住み込みを探していたのだ。 壁は厚手の段ボール、二畳少しの狭い部屋で、新生活が始まる。 朝は3時半頃トラックが新聞の束を運び込む。 前日組んでいたチラシのセットを折り込み、配達へ飛び出す。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 時代背景、町の描写、新聞販売店の様子など、実にリアルだと思ったら、著者の自伝的小説だそうな。 ずっと時代小説を手がけてきた作者初の現代もので、その巧みさがどう現代ものに活かされるか楽しみだったが、本人の思い入れが強すぎたのか、やや平凡な出来。 多彩な登場人物など興味深く読める物語だが、やくざ絡みの娘の話などにしろ、全体にどこかで読んだことのあるような。 現実はこういうものだ、とは思わせるが。


極限捜査の表紙画像

[あらすじ]

 1956年、東ヨーロッパ陣営の小国。 主人公のフェレンク・コリエザールは民警の殺人課捜査官。 かつてドイツとの戦いに従軍し、精神的にも廃人同然となった頃の体験を小説に書き、次の作品を書こうと妻の両親の別荘で3週間過ごしたが、まったく筆は進まなかった。 職場に復帰すると、元美術館長代理の殺人事件が待っていた。 続いて手足を折られた画家の死体が発見される。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 昨年読んだ
「チャイルド44」を想起させる、冷戦下の東側国家における捜査官を主人公とした物語。 描かれる事件は非常に込み入っており、登場人物も多く、聞きなれない人名もあって、話を追うのに少々苦労させられる。 娯楽性という点では「チャイルド44」に劣るものの、破滅的な主人公の行動、彼を取り巻く人間関係など、重厚なドラマとして、読み応えは十分。 デモと弾圧、抑圧、密告、粛清の横行と、緊張感に満ちた作品。


鬼の跫音の表紙画像

[あらすじ]

 11年前、私たちが通っていた大学からほど近い場所にある展望広場の真下。 私はSの死体を穴を掘って埋めた。 それが大雨のせいで地表に露出したのだ。 Sは柵に腰掛けていて自分で落ち、私は埋めただけだと主張する。 今は私の妻となった杏子は当時Sと付き合っていた。 そのため刑事は疑惑の目を向けるが、もはや殺人の証拠などは歳月が消し去ってくれているはず。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 どうもわたくし的には最近今一歩の作品が続いている作者の短編集で、20〜50ページの作品6編。 長編ではいろいろ不満な点が見えてしまうところ、短編では仕掛け一発でとにかく驚かせるのが勝負なので、作者の力量なら十分に楽しませてくれる。 叙述トリックのものが多いが、いずれも心理サスペンスとしてよく出来ている。 4つ星クラスの面白さだが、非常に小粒なものばかりなので、★ひとつ引きました。


八番筋カウンシルの表紙画像

[あらすじ]

 物語は、洋品店のエトさんの旦那の通夜から始まる。 小説の新人賞を獲ったタケヤスは、30歳で会社勤めを辞めて故郷の商店街に帰ってきた。 この八番筋商店街には「八番筋カウンシル」という青年会がある。 葬式を手伝っているタケヤスとホカリ、ヨシズミの3人は母子家庭で、それぞれ祖父母の家に身を寄せていたので、昔はカウンシルの連中にものの数から弾かれていた。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 先頃、別の作品で芥川賞を受賞した作者の最新作。 台詞でない部分までちょっと方言交じりの文体だが、一文が長く、語り手の気持ちがだらだらと綴られるという書き方が私の好みに合っていて、気持ちよく読めた。 内容としてはありきたりで、中学の頃に友達の母子が町を追われることとなった事件の顛末も一方的で、小説としての出来は4つ星とはいかない。 しかし語り口は読み手を惹きつけるものを持っていると思う。


骨の記憶の表紙画像

[あらすじ]

 岩手県南部の美桑町。 昭和30年、小学6年の長沢一郎の家は貧しい農家。 男ばかり5人兄弟の長兄の一郎は、農家では立派な働き手。 いずれ中学を出れば集団就職で都会に働きに出ることになる。 一郎は、近辺で広大な土地を所有している曽我家の跡取り息子で同級生の弘明と仲が良かった。 弘明と遊ぶのだけは親も許す。 最近は2人で山に秘密のトンネルを掘っていた。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 50年に及ぶ主人公の波乱に富んだ数奇なドラマは、深みはないが読み応えがある。 まずは中卒で親元を離れ、住み込みで働く中華料理店での様子など、生活臭たっぷりに、リアルかつ辛辣に描かれている。 その後の高度成長期における、一郎のなりふり構わぬ経済的サクセスストーリーと、人間としての続く悲劇も面白い展開で飽きさせない。 そして50年を経て冒頭の事件の決着が図られるのも実にドラマチック。


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