◎08年11月


汐のなごりの表紙画像

[あらすじ]

 北の港町、水潟(実際は山形県酒田市)。 今年48歳の志津は、かつては遊女だったが、身請けされ、今は小料理屋の女将。 志津は今日も夕刻に湊を見下ろす見晴らし台に立ち、航行する船に灯される火を見ながら、吉蔵の無事と再会を祈った。 吉蔵は船頭で各地の港を回っており、すでに8年会っていない。 難船して生死不明の噂もあったが、昨年暮れに本人から便りがあった。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 北の港町を舞台にした短編6編。 作者の以前の作品は設定の面白さや展開の娯楽性で保たせる部分がもっとあったように思うが、この本の作品はどれも抒情的で、より時代小説としての上手さが増した印象。 よって盛り上がり、興趣という点では欠けるものもあるが、生き別れの兄弟を描く「海羽山」などは素直に感動させられる。 話の面白さは最後の米の先物売買の話が一番だが、ちょっと一方的な勧善懲悪さが気になった。


ばかものの表紙画像

[あらすじ]

 大学生のヒデは、ろくに単位も足らず、バイトも中途半端。 年上の額子に誘われるまま、額子の家に向かい、セックスの日々。 大学に行かねば、と思いながら、怠惰な日々に浸っている。 そんな様子のまま2年間付き合ってきた額子が突然去った。 夜の公園で、ヒデをケヤキの木に後ろ手に縛って、パンツを膝まで降ろした状態で、結婚すると宣言して、夜の闇に消えていった。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 冒頭、今までの作者らしからぬ露骨な性描写があり戸惑ったが、その後はいつもの語り口の物語が続く。 なにか自然に転落していき、また自然に浮上し、何となく生きていく。 読んでいて、そういった空気が妙に心地良いような、不思議な感覚が絲山秋子の作品にはある。 この作品も、若いうちからアル中になって周りにとんでもない迷惑をかける大バカ者の話でありながら、幕切れの優しさにはホッとするような温かさがある。


掠奪の群れの表紙画像

[あらすじ]

 ハリー・ピアポントが初めて監獄に入ったのは19歳の時。 15歳のときには悪口を言ったやつを半死半生の目にあわせ、16歳の時は車泥棒。 その後は拳銃強盗で身を立てていたが、高級車を盗んだ時に警察に捕まり矯正院に送られた。 そこで3人の強面に襲われたが、そいつらを倒し、矯正院一の勝ち犬になった。 脱獄計画を練っていたところ仮釈放。 出所後は銀行強盗だ。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 一昨年読んだ
「荒ぶる血」が理屈抜きに面白かった作者の最新作。 ボニーとクライドやデリンジャーと同時期の実在の犯罪者の一代記だが、あくまでハリーの生き様に材をとった創作と断られている。 とにかく、何かに縛られること、権力、倫理などを徹底して嫌い、自由に生きる主人公らの、まさに俺流に駆け抜けた、スピード感に満ちた物語。 しかし、人の物を奪い、ひたすら享楽的に生きる彼らには何ら共感するところなし。


告白の表紙画像

[あらすじ]

 森口悠子はS中学校1年のクラス担任。 シングルマザーで4歳の女の子、愛美がいる。 普段は保育所に預けているが、職員会議で帰りが遅くなる日は先に迎えに行き、保健室で待たせていた。 冬のある日、愛美の姿が見えず、結局プールで水死体で発見される。 事故死と判断されたが、終業式の日、森口はクラス全員の前で、愛美はこのクラスの生徒に殺されたと話し出す。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 図書館のリクエスト待ち3か月でようやく読めました。 書店のPOPもかなり熱の入っていた作品です。 全6章からなり、第1章が小説推理新人賞受賞の短編。 その話を次々に膨らませていったものだが、後のどの章も、語り手を変え、手を変え品を変え読ませる。 次はどう展開するか、先の読めない面白さはなかなか見事だ。 個人的には、幼児殺し、陰湿ないじめなど、嫌悪するような題材ゆえ採点は少々辛かったかも。


ひゃくはちの表紙画像

[あらすじ]

 元高校球児の青野雅人は、大手新聞社の新入社員。 梅雨明け宣言が出たばかりだが、10月に東京から徳島への異動を早くも通知される。 付き合いだして2か月の佐知子に異動の話を切り出すが、特に反応もなく、その後も触れようとしない。 その夜、ホテルで、高校時代に私たちは会っているはずだと彼女は言い出す。 その時、野球部での熱い日々が雅人の頭を満たす。

[採点] ☆☆★

[寸評]

 夏には映画化もされたようで、青春スポーツ小説としては、その部分において良くできていると思う。 試合の緊迫感もあまりないし、野球の面白さもたいして伝わってはこないが、青春ものとしての面白さはそれなりにある。 しかし、雅人が昔の佐知子を思い出せない理由も、ミステリっぽく引っ張ったわりに淋しいものだったし、終盤の騒動と雅人の対応ぶりにはがっかり。 今どき、こういう設定が出てくるのも目を疑いました。


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