◎07年12月


ハル、ハル、ハルの表紙画像

[あらすじ]

 藤村晴臣、13歳。 8歳の弟がいる。 父親はいない。 母親は3か月前、10万円置いて突然家を出て行った。 それからは他人と交流しないように弟と二人で暮らしている。 晴臣が暮らしている集合住宅の裏手にある標高44.6mの箱根山。 夜、そこへ登っていると男が何かを埋めているのを見た。 男が去ってから掘り返すと、実弾が装填されたままのピストルが出てきた。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 表題作のほか、長身自慢の女が小学生の甥・姪と過ごす話、5歳年上の恋人がいる大学生の話の3短編からなる。 いずれも意識をそのまま言葉にしているような、全編走っている感じの文体が印象的。 またいずれも、これからが本番、というところで物語が終っている。 表題作など"ハル"という名の3人がこの先どうなっていくか、いよいよ楽しみになってきたところで The End。 疾走感は感じるが、読んでワクワクとまではいかない。


秋の牢獄の表紙画像

[あらすじ]

 私はアパートで独り暮らしの大学生。 11月7日は午前の講義を受けた後、友人と昼食、後はアパートに帰った。 友人は日曜に家族で海釣りに行った話をした。 翌日、大学の教室に行くと違う講義だった。 学食で食事中、友人は昨日聞いたはずの海釣りの話を始める。 話がかみ合わず、確認すると今日は11月7日なのだと言う。 そういえば朝から妙な既視感を感じていた。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 摩訶不思議な奇想の中編3話からなる。 一作目は
「リプレイ」の変形だが、同じ状態の人が何人もいるというところがミソ。 二作目はババ抜きのように家に閉じ込められ、家ごと日本各地を彷徨う男の話だが、これが一番面白いか。 三作目の特殊な能力を持つ少女の話はコンパクトでやや物足りない感じだが、いずれの物語もドラマチックに盛り上げる文体ではなく、淡々としているのがかえって読む者の想像力を激しく刺激する。


正当なる狂気の表紙画像

[あらすじ]

 私立探偵のシュグルーは友人の精神科医マックの依頼を渋々受ける。 患者たちの精神分析治療の経過を記録したミニディスクが何者かに盗まれた。 マックは長期治療中の患者の誰かが盗んだか、手引きしたものと推測していた。 シュグルーは2万5千ドルの依頼料で患者たちの行動を探ることに。 調査の過程で、調査対象の大学教授リッターの妻の自殺現場に出くわす。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 クラムリーの作品に、今さらハードボイルド風味抜群などと言うつもりもないが、その語り口はやはり読んでいて感心させられる。 しかし物語自体はあまり感心しない。 凄惨な場面が多すぎるし、登場人物がとにかく多くて、読んでいて頭の整理が追い付かない。 シュグルーがいったいどうやって犯人に辿り着いたのかもさっぱり分らない。 主人公自体狂気にはまっているようで、それを"正当なる"とするところはやはりアメリカですね。


悪果の表紙画像

[あらすじ]

 堀内は大阪府警今里署の暴力団犯罪対策係の刑事。 夜な夜な同僚の堀内と管内の歓楽街を流している。 ある夜、ネタ元のバーテンダーから賭博開帳の情報を得る。 見返りは警察が管理する犯歴などの個人データ。 バーテンダーはそれをサラ金や信販会社に売っているのだ。 堀内と伊達は、開帳時に暴力団と客を一網打尽にするため、場所や開帳日の特定を進める。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 悪徳警官ものだが、大阪が舞台で当然関西弁のためユーモラスな味がある。 かなりの長尺だが、サブストーリーはなく、一直線に物語は進んでいく。 小気味の良いテンポですらすらと読め、2人の悪徳刑事の造形も良く、面白さは十分。 金と女を執拗に追い求める姿も凄いが、一方警察の仕事にも本気で、夜昼惜しまず徹底的にやるところは主人公の姿として上手い作りで感心する。 前半はやや緩やか、後半はやや急ぎすぎの印象。


血と暴力の国の表紙画像

[あらすじ]

 ベトナム帰還兵のモスは、テキサス州南西部で溶接工をしながら妻と二人で暮らしていた。 ある早朝、砂漠で狩りをしているとき、穴だらけの車と数人の死体を見つける。 麻薬密売に絡む銃撃戦の跡らしい。 足跡を辿るとさらに男の死体。 脇には札束の詰まった鞄があった。 自分の全生涯が目の前に。 鞄を持ち去ったモスに偏執的な殺人者をはじめ、追手が執拗に迫る。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 70歳を超えた作者が書いたとは思えない、幽霊のような殺人マシーンに人がガンガン殺される、まさに表題どおりの物語。 理不尽な殺人の連続の奥に、アメリカという国の昔を懐かしみ、現代そして未来を憂い、しかしなおこの国の大地を愛している作者の思いが伝わってくる。 短いセンテンス、会話を重ねていく独特の文体もテンポ良く、ジム・トンプスンをさらに哲学的にしたような趣。 単なる犯罪ものという分類では足りない作品。


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