◎01年8月



[あらすじ]

 江戸城の西北、雑司ケ谷にある矢島家は代々将軍家のお鳥見役を務めている。 お鳥見役は将軍が鷹狩りをするための鷹の餌となる鳥の生息状況を調べる役職だが、一方裏任務として江戸周辺の地理や地形、他藩の状況調査があった。 当主の妻珠世は持ち前の明るさで家を切り盛りしている。 ある日、家の回りを妙な男がうろついていた。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 1人の浪人と5人の子供、その浪人を父の敵と狙う若い女剣士の計7人が、狭い家に突然転がり込んでくるという話がテンポよく描かれるのが第一話。 以下全部で七話の連作時代小説だが、楽天的でかつ芯の通った珠世の性格そのまま、どれも気持ちの良い話で手堅くまとまっている。 わざとらしさを感じさせない暖かさ、やさしさには感心する。 話がひどく中途半端で七話目を終わってしまったが、「小説新潮」誌で連載がまた始まったようで楽しみ。



[あらすじ]

 アメリカはメイン州中部のデリー市に住む70歳のラルフ・ロバーツは、妻の病死の1か月後から不眠症に悩まされるようになった。 寝付きはいいのに目覚めが日一日と早くなっていくのだ。 やがて3時間ほどしか眠れなくなった頃、近所のヘレンが夫のエドに殴られているのを助ける。 エドは親切で礼儀正しい男だったが。 そのころからラルフは奇妙なものを見るようになる。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 登場人物に老人が多い珍しいミステリー。 ラルフが見る奇妙なものというのが、おっとこれは井上夢人の某作品に似てないか、というものでちょっと愕然としてしまったが、そこからの膨らませ方がやはりキング、ミステリーの帝王。 その想像力(創造力)は凄い! 終盤の盛り上がりもスピード感たっぷり。 しかし哲学的台詞のやりとりの多い中盤は少々つらいし、いかにせよ長すぎる印象。 老人たちのコミュニティを描いた部分はとてもいい味が出ていますが。



[あらすじ]

 大手出版社に入社した間宮緑が辞令を受けた場所は「季刊落語」編集部。 以来、落語漬け、寄席通いの日々を送っている。 高座の鈴の家米治が演じているのは「鰍沢」。 卵酒を飲む場面でそれに見立てた茶を飲んだはずの米治は、落語の途中でひっくり返ってしまう。 誰かが下戸の米治に酒を仕込んだらしい。 事件は続いて起こる。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 落語界を舞台にした全5編の短編ミステリー集。 間宮緑を狂言回しに、この道30年のベテラン、牧編集長の名推理で不可思議な出来事が解明されていく。 この編集長、ちょっと名推理すぎてしらけるものもあるが、落語噺を上手く絡めて、ひねりも適度に利かせて、どの話も読みやすく手堅くまとめられている。 落語ミステリーといえば北村薫の円紫師匠シリーズがあるが、こちらの方が事件も少し派手で展開も速く、私は面白かった。



[あらすじ]

 タツオはビルの窓拭き。 正式には高所窓硝子特殊清掃作業員という。 危険だが結構いい金をもらえ、気が付けばもう5年もこのバイトを続けている。 バイトのほとんどは音楽、芝居、デザイン、写真等々やりたいことを持っている連中だ。 タツオはバンドでギターと歌を担当。 仲間の保夫は年輩の萩原さんと新人の3人で少々面倒な現場へ入った。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 ビルの窓拭きを主人公にした表題作と、太宰治賞を受賞した「多輝子ちゃん」の中編2作。 2作とも登場人物の姿が実に自然でとても好感のもてる物語。 もちろんイヤなやつも出てくるが、基本は人間ってすてたもんじゃない、生きてるって素晴らしいということをクサくなる一歩手前で気持ちよく感じさせてくれる。 表題作のラストなどもちょっと気恥ずかしい展開だけどやっぱり良かったと思わせる。 お約束通りの展開も許せる素直な作品。



[あらすじ]

 80歳を過ぎた足の不自由な老人サム・ピークは、突然の心臓発作により長年連れ添った妻コウラに先立たれる。 独居のピークのもとには連日近所に住む娘や息子がやってくる。 明け方、白い犬が裏口にいた。 はじめは追い払うが、やがて老人と犬は寄り添うようになる。 しかし娘たちにはその犬の姿が見えず、老父の精神状態を心配し始める。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 妻に先立たれた頑固な独居老人の、娘や息子たちに囲まれた晩年の日常を描くドラマ。 後半家族に黙ってトラックを運転して学校の同窓会に出かける話を大きな山として、後は淡々と老人の視点で日々が綴られていく。 父親のちょっとした言動に、ぼけたのではと右往左往する娘たちなど、何処も同じ情景が微笑ましい。 肝心の白い犬と老人のエピソードが不足気味なのは残念だが、大人のメルヘンとして静かな感動を与えてくれる。


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