◎03年11月



[あらすじ]

 1992年3月、28才で既に10年を超えるキャリアを持つ家政婦である私は、家政婦紹介組合から、今までに9回も家政婦が交代した家に派遣された。 応対に出た老婦人から世話を依頼されたのは、離れに住む彼女の義弟。 数論専門の元大学講師の博士。 64才の彼は17年前に交通事故に遭い、それ以来、記憶が80分しか保たない状態になっていた。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 迷える天才数学者が主人公ということで、映画
「ビューティフル・マインド」を思い出した。 話はまるで違うが、こちらのほうがその題名により相応しいような気がする美しい物語である。 序盤、記憶を補うためのメモ用紙を上着一杯に貼り付けた老人を、この家政婦がなんの抵抗もなく受け入れたのに違和感を感じたが、すぐ気にならなくなった。 家政婦の息子との野球を通した交流など本当に微笑ましく、素直な筆致で好感の持てる佳作。



[あらすじ]

 昔サンディエゴ市の政治・経済に君臨し、今は80歳を過ぎたピート・ブラガが自宅で撲殺された。 捜査を担当するのは市警殺人課刑事トム・マクマイケル。 マクマイケル家とブラガ家は彼の祖父とビートとの争い以来、3世代にわたり憎しみ合ってきた。 第1発見者はビートの身の回りの世話をしていた看護婦。 彼女の顔や衣類にはかなりの血が付着していた。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 作者の本はこれで3冊目だが、傑作と評判だった
「サイレント・ジョー」より私はこちらを推したい。 2つの家の確執と凝りすぎと思えるほどの家族関係・人物設定、警察内部の争いや男と女、父と息子、複雑な事件の真相、派手なアクションまで盛り沢山の内容。 そのどれもが手を抜かれていないのは立派だ。 とりわけ随所に綴られる息子への愛情が切ない。 長さも手頃だし、全体に緩急のテンポが良く、事件の解決も明快な娯楽作。



[あらすじ]

 俺と京介、正太郎の3人は学生時代からの悪友で、未だ独身なのをいいことに、揃ってナンパに明け暮れている。 実業家として羽振りのいい京介がクルーザーを購入し、女の子をナンパして離れ小島でキャンプを張ることに。 ところがそこに全長80mはあろうかという怪獣が出現したのだ。 怪獣はただ寝そべっているだけなのに、1人ずつ仲間が消えていく。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 低採点が続き敬遠していた西澤保彦ですが、久しぶりに手を出してみました。 怪獣の出てくるミステリー。 こんな設定、この作者でなければ書けませんね。 7編の短編集だが、怪獣だけじゃなくて宇宙人や改造人間、幽霊まで出てくるのだ。 そしてこの連中(?)が出てくる経緯などは一切説明されない。 と言うか、説明不能に決まってますが。 謎解きもかなり乱暴ですが、あくまで馬鹿げた展開を笑って楽しむ暇つぶし本です。



[あらすじ]

 平安時代の都、京都。 女童のあてきは後に紫式部として知られる貴族の奥方に仕えていた。 奥方は帝と身分の低い更衣の恋物語を書いている。 夫の宣孝様は宮門と洛中の警護が任務だが、お産のために内裏を出た中宮様と共にいたはずの帝ご寵愛の猫が行方不明に。 あてきの屋敷からは文箱の中身が消える。 第一部「上にさぶらふ猫」他、三部構成。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 源氏物語の研究者の間では長く謎とされているという第二帖「かかやく日の宮」の顛末を描く第二部以降がとても素晴らしい。 第一部は謎も展開も平凡で先行き不安を感じさせたが、ここは本筋である第二部へ繋ぐための舞台・人物紹介の部分と割り切って、ゆめゆめここで投げ出さないように。 時代描写は食い足りないが、現代的な人物描写がかえって読みやすい。 私は源氏物語にはまるで疎いが、そんな私でも十分に楽しめました。



[あらすじ]

 杉村三郎は大企業の会長の娘と結婚し、コンツェルンの広報室に勤めている。 夏の日、義父の運転手だった梶田が自転車にぶつけられ頭を打って死亡、犯人は逃走した。 梶田には2人の娘がおり、父の人生について本を書きたいとの希望を受け、杉村が力を貸すことに。 2人のうち妹は犯人を見つけるきっかけにしたいと意気込んでいるが、姉は乗り気でない。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 作者の時代ものでもSFものでもない現代ミステリは久しぶりに読むが、期待のほうが少々大きすぎましたか。 派手な演出無しで、日常の中から非日常の怖さをじわじわと出してくるいつもの語りの切れ味が今回は鈍い感じでした。 終盤の衝撃場面も途中で割れてしまっていたので、読み手の予測を補っただけになってしまい、もうひとひねり欲しかったところ。 幕切れの後味も良くないし、主人公のあまりの毒のなさも素直すぎるというか。


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▲映画「ビューティフル・マインド」

 2001年のアメリカ映画。 冷戦時代のアメリカで、独自の数理論をうち立てた天才数学者ジョン・ナッシュ。 彼は国防省の諜報員から暗号解読の極秘任務を与えられるが・・・。 ノーベル経済学賞を受賞した実在の天才数学者の数奇な半生をサスペンスタッチで描いたロン・ハワード監督作品。 出演はラッセル・クロウ、ジェニファー・コネリー、エド・ハリスなど。 見終わって、本当に面白い映画を観たなと思わせてくれます。