◎02年12月



[あらすじ]

 1983年、小料理屋の店長をしている工藤和江の1才の息子が誘拐される。 子供は非嫡出子。 警察は父親の名前を問い質すが和江は明かさない。 そのうちに子供は公園で保護されるが、まもなく親子は姿を消す。 19年後、宝寿会総合病院院長の17才の孫娘が誘拐される。 犯人は、政界絡みの株譲渡事件で裁判を控え入院中の大企業会長の命を要求する。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 患者の命を要求された医師の葛藤と奇策。 続いて起きる誘拐事件。 その身代金として要求された不可解な"もの"。 一定の緊張感を保って物語は進む。 しかし全体の6割ほど進んだところで、あっけない形でどちらの事件も一応の決着をみて、後は両事件を結ぶ糸と真相で最後まで引っ張る。 最後まで読ませるが、全体にスタイルの古さを感じさせ、警察の捜査にしても真相にしても穴がいくつかあるようで、なにか釈然としない。



[あらすじ]

 キューバのハバナに住むアリシアは、金持ちの外国人を捕まえるため自転車をこいでいた。 目当ての車の前でお尻を見せつけながら走り、怪我をしないようにわざと転倒。 介抱するため車を飛び出してきた紳士を自宅に招き、母親の手料理や自慢の肉体でいろいろサービスし、虜にする作戦。 今日出会ったヴィクターという男の家はとすごい大邸宅だった。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 アメリカ探偵作家クラブの最優秀ペーパーバック賞受賞作。 キューバの暑い太陽の下、奔放でおおらかなアリシアの実に単純な作戦が傑作。 ペーパーバックらしく、細かいことは考えず最後まで一気読みで楽しめる。 ただ後半はヴィクターが主でアリシアの出番が減り、死体を巡るブラックユーモアもそれなりに面白いが、物語のトーンが変わってしまい残念。 野郎どもを手玉に取るアリシアがもっと読みたかったところ。



[あらすじ]

 女が起こした過失致死の罪を被り2年間服役したマル・アーニーは刑務所を出た。 そこに当の女、エリスがタクシーでやってきて車に乗るよう勧める。 アーニーは断り別のタクシーで駅に行くが、そこで先ほどの車の中で射殺されたエリスを発見する。 続いて彼は知り合いのドナーを訪ねるが、玄関ドアを開けて倒れ込んできたのは腹を撃たれたドナーだった。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 ハードボイルド草創期の名作として翻訳が待たれていた1930年の作品。 簡潔な文章、タフな主人公、非情な殺人と暴力、謎に満ちたスピーディな展開等、典型的なハードボイルドで、犯罪の空虚さが乾いたタッチで描かれる。 さほど長さはないが、登場人物が多く、謎が謎を呼ぶ展開で、話についていくのに少々苦労する。 さすがに古さを感じさせるが、そこがまた味があり、謎の女も登場し、ハードボイルドの教科書を読んだ気分。



[あらすじ]

 埼玉県全域に大雪が降り続く中、幼女誘拐事件が発生。 警察への通報は被害者宅の隣家からだった。 その隣家の中年女性からは昨日誘拐の連絡があり、警察が駆けつけたところ、いなくなったのは飼い犬だった。 半信半疑で現場へ向かうが、被害者宅には盗聴器が仕掛けられ、誘拐された幼女の母親が隣家に手紙で事件を知らせてきたことが判明する。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 家中に張り巡らされた盗聴器の網に一人閉じこめられた母親と、隣家で彼女と何とか連絡を取り犯人を特定しようという警察の姿が緊迫感をもって描かれる。 これに複雑な家庭環境が絡み、近所の家での不審な男から母親、警官に至るまで登場人物の油断のならない動きなども加わって、先の見えない緊張感が持続。 終盤の畳みかけるような展開もスリリング。 真相がやや面白味に欠けるというか、読者に訴える力が弱いのが残念。



[あらすじ]

 レッド・ドックはある遠大な計画を立て、部長刑事の生後間もない娘を誘拐。 他人の子供に偽装して役所に出生を届け出た後、孤児院の入り口に捨てる。 6年後孤児院へ赴き娘の名前を知り、その14年後、20才の彼女を捜し当て、出生証明書を送りつけ、彼女のルームメイトに近づいていく。 その頃巷ではピカソと呼ばれる猟奇殺人犯が跋扈していた。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 
「Mr.クイン」に続く作者の第2作。 赤ん坊の誘拐から20年後にやっと動き出したレッドの意図が分からないまま、話はしかし読む者を十分引きつけて進む。 ピカソの身の毛もよだつ猟奇犯罪も、全編ユーモアを交えた軽快な語り口で気軽に読まされてしまう。 娯楽作として十分に面白いが、終盤明らかになる犯罪の真相も、この作品のテーマも、意外と社会的で重みがある。 とにかく徹底的に練り上げられたプロットに感心。


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