◎01年7月



[あらすじ]

 塔のある館で繰り広げられる殺人絵図。 その館にはいろいろな人間が住んでいる。 チェロを嗜む中澤章子。 夫の中澤政樹は薔薇作りに精を出している。 彼らの息子の他にも何人もの妖しい者たちが住んでいる。 一方、探偵事務所を営む朝本優作は、めぼしい顧客とは関係を持ち、骨までむしり取るような汚い男だった。

[採点] ☆☆★

[寸評]

 どこまでが現実で、どこからが幻想の世界なのか。 ほとんどが館の中での出来事らしいのだが、とにかく曖昧模糊とした描写が場面を次々と転換しながら続き、また血糊と汚物にまみれた凄惨な場面が四重奏の調べにのせて語られていく。 この話は何だという疑問を感じつつ、ようやく残り2、30ページというところで、どでかい仕掛けが待っている。 もっとも私はあまり驚きませんでしたが。 凄い仕掛けなんだけど、感心するより、何かむなしく気が抜けた感じ。



[あらすじ]

 新任のギルモア部長刑事は勢い込んでデントン警察署に赴任してきた。 ところが市内は折しもウィルスが蔓延し、署員の半数がダウンしているところに次々に事件がわき起こっていた。 新聞配達の少女の失踪、老婦人ばかりを狙う切り裂き魔、墓場荒らし等々。 ギルモアは風采のあがらないフロスト警部と組まされ、夜昼無く市内をかけずり回ることに。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 
フロスト警部シリーズの第3作。 内容は前2作とまったく同様、片づく暇もなく次から次へと事件が起こる中、仕事中毒のフロスト警部が下品なジョークを連発しながら、へまを繰り返しては右往左往。 部下は彼に振り回され、結局フロスト特有のひらめきと多分な幸運に恵まれ、事件が解決していく様が描かれる。 相変わらずの面白さで、これだけの大部でも退屈さを感じることはない。 ただ、これまたラストの収まりがもうひとつで、終わり方はすっきりしない。



[あらすじ]

 女性誌「サン・クレール」の編集者響子は"究極のハイクラス・リゾート"の企画のため久しぶりの海外取材。 地中海のキプロスへ向かう。 現地に着くと予定していた評判のカメラマンが急遽、檜山というさえない中年男に代わっていた。 気落ちしながらも二人で取材を進めるうちギリシャとトルコに挟まれたキプロスの複雑な状勢が露呈してくる。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 女性の側から書かれた冒険小説という作者の謳い文句だが、成功とは言い難い。 危険な状況に陥った平凡な男女が、その状況ゆえ熱い恋を一挙に燃えあがらせ、そしてその恋も悲劇のうちに一瞬の儚い夢と消える。 作者らしく劇的な物語を期待していたのに、なにかあまりにお約束どおりの展開でがっかり。 全体としてそつのない作りですが、政治的背景も地元民衆の苦悩も、肝心の冒険場面、そして恋愛場面もすべて中途半端な印象でした。



[あらすじ]

 後に蝦夷地探検家として知られる近藤重蔵は、二十歳過ぎの頃、江戸で火付盗賊改の与力として手腕をふるっていた。 寺の小坊主が斬殺死体となって発見された事件を調べていた近藤家の若党の一人根岸団平は、"水窪の黒猿"と呼ばれる盗人が関係していることを突き止める。 折しも大相撲冬場所の見物人の中に団平は"黒猿"を見つけ、後を追う。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 作者には珍しい時代もの。 並はずれた体格と知恵を併せ持ち、傲岸不遜な態度ながら不思議に人を惹きつける近藤重蔵を主人公とした5編の連作推理時代小説。 話はどれも面白いが、ロシアから流れ着いた男が出てくる「北方の鬼」、姉の敵を討とうとする娘と変わり身の名人の盗人が絡む「七化け八右衛門」が中でも良い。 ただ肝心の重蔵の魅力はかいま見えたという程度で、もっと存在感のある活躍が読みたかったところ。



[あらすじ]

 明治35年1月、世界山岳遭難史上類を見ない惨事が起きた。 雪中行軍演習のため八甲田に入った青森第五連隊が、激しい風雪の中で死の彷徨を続け200余名のうち199名死亡。 しかし時を同じくして弘前第三一連隊38名は同じ地を踏破していた。 八甲田で弟を亡くした津上中尉は日露の戦いが激しくなる中、上官の命を受け密かに事件の再調査を行う。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 銃の紛失、一旦は救出された指揮官の不審な死など、関係者の抵抗を受けながら八甲田雪中行軍遭難事件の真相に迫ろうとする中尉を主人公としたサスペンスもの。 一方、それと同じ比重、いやそれ以上に満州における日本とロシアの凄惨な戦いが執拗に描かれる。 単なる消耗品として、極寒の地で敵の圧倒的な火力を前に、やみくもに突撃を強いられる兵士たちの描写はまさに迫真的。 愚かな戦争への強烈なメッセージに満ちた意欲作。


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