病院でマティアス・タイユフェールは目を開けた。
彼は元パリ警視庁警視で四十七歳。
数年前に心臓移植の手術を受けていたが、昨日、心臓に異常を感じて入院させられていた。
病室内にはチェロを抱えた少女。
ルイーズと名乗り、患者が苦痛を感じないですむように音楽のボランティア活動をしていると言う。
そしてタイユフェールに母の死について捜査をして欲しいと頼んでくる。
彼女の母は事故死とされたが、ルイーズは母が殺されたと思っていた。
[寸評]
フランス発のサスペンスミステリー。
四部構成で、元バレエダンサーの不可解な転落死の真相を遺された娘と元刑事が探る話なのだが、アンジェリックという女の独白による第二部終盤で真相は読者に対し早々明かされる。
しかしそこからがこの作品の凄いところで、まさにあっと驚く展開が待ち受け、先の見えない話がジェットコースターのように進んでいく。
“太陽がいっぱい”を想起させるアンジェリックの行動も面白いし、300ページ弱に目一杯詰め込んだという印象の物語だ。
十八歳になって半年ほどたったある日、彩莉は大金持ちになった。
会ったこともない祖父の遺産が転がり込んだせいだ。
彩莉はすぐに長年の夢だった無人島での館建設にとりかかった。
そうして彩莉が命名した「来鴉館(らいあかん)」は、ちょうど彼女の二十一歳の誕生日に、彼女の思い描いたとおりの姿で完成した。
脱出ゲーム用のイベント会場にすると建築士に言って、隠し通路も作った。
彩莉はこの館で、ある殺害計画を実行しようと考えていた。
[寸評]
クローズドサークルでの連続殺人を描いた本格ミステリー。
主人公の殺人計画どおりには進まないとは思ったが、最初の殺人の実行から意外な出来事の連続で、主人公ともども驚かされ、けっこう楽しめた。
そして終盤は主人公も探偵役も「嘘」の連発で、これもしっかり騙された。
その割には緊張感や後半の盛り上がりが今ひとつといった感じだったし、突っ込みどころもある。
本格推理ものなので、論理的な推理・考察部分が長いのは致し方ないところか。
採点は少し辛め。
作家の仕事場で始まったのは通販雑誌のタイアップ広告の撮影で、対象商品は蓄熱肌着。
二十畳ほどの部屋に撮影クルーとヘアメイク、商品開発担当を合わせ十人の大所帯だ。
カメラマンの牧村は現場スチール撮影として声をかけられた。
現場は撮影前の緊張に満ちている。
ヘアメイク担当の希月二葉が牧村に気づく様子はなかった。
最後に会ってから四十年の月日が経っていた。
お互いもう、将来の夢を語っていた十八の頃からは遠い。
(「兎に角」)
[寸評]
老人の域に入った年配者が主人公の短編六編。
「情熱」というタイトルとは裏腹に、若さにまかせたエネルギッシュさではなく、老年となり静かな波が寄せるような穏やかな人の行いが淡々と描かれている。
カメラマン、音楽ディレクター、アルトサックス奏者、小説家等々と、主人公たちの様々な職業で多彩に楽しませる。
二人暮らしの七十代の老人ホストと美容師を描く「ひも」、五十代半ばの裁判所事務官が不本意な転勤に揺れる「らっきょうとクロッカス」がしみじみと良い。
インド系のハービンダー・カーはロンドン警視庁犯罪捜査課の警部。
殺人捜査チームを率いている。
土曜日の夜の自宅、携帯電話が鳴る。
チームの部長刑事のひとり、ジェイク・パーカーからだ。
説明のつかない死亡事件の通報があったのでハービンダーに来てもらいたいと。
同窓会で男性がひとり死亡し、ガーフィールド・ライス下院議員だと言う。
上流階級向けの中等学校、マナーパーク校の同窓会で、議員はトイレで死んでいるのが見つかった。
[寸評]
謎解き要素の強い英国ミステリー。
物語は、マナーパーク校の同窓生アナ、同窓生で警官のキャシー、そして刑事ハービンダーの女性三人が交互に語っていくのだが、21年前に起きたある生徒の死亡事故を現在の事件にうまく絡めて、なめらかに進む。
途中にはさらなる殺人事件も用意。
ただ、同窓生二人の語りは恋愛譚も入って少し冗長の感あり。
いかにも英国推理ものの香り満点の作品だが、犯人は意外と言えば意外ではあるが帯の謳い文句のような「驚愕」とはいかなかった。
寂れた路地裏にひっそりと佇む、築四十年越えの雑居ビルの四階が上場企業「大溝ベアリング」の川崎事業所だ。
薄暗い室内の最奥の一角に、アラサーの女性社員・青瀬が所属する総務部経理統括本部はある。
メンバーは休職者を除いて七人。
ここは部長・前川誠の帝国だ。
威圧感が服を着て歩いているようなふてぶてしく厳めしい容貌で、彼が主権を持つ絶対王政が敷かれている。
今日も青瀬は、派遣の仁菜ちゃんのミスを前川から叱責されている。
[寸評]
パワハラ上司の不可解な失踪に端を発するドタバタミステリーで、被害者の女性社員・青瀬の語りで進んでいく。
さらに事件は続き、ミステリーとして面白いものの謎解きは意外とあっさりしているが、読みどころは仕事も私生活もどうしようもなく詰んでしまう青瀬の窮状だ。
冒頭から辛い、辛すぎる場面の連続で、引き込まれるように読み進んでしまう。
事件は一件落着と思わせた後に名探偵登場で真相に至るのだが、終盤そこまで青瀬を追い込まなくても・・・と思わせた。
つらい。
[導入部]
[採点] ☆☆☆☆
[導入部]
[採点] ☆☆☆★
[導入部]
[採点] ☆☆☆★
[導入部]
[採点] ☆☆☆★
[導入部]
[採点] ☆☆☆☆
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