大中寺の思ひ出
高 野 公 彦 沼津といふ所は、私にとつて〈若山牧水の町〉であつた。牧水は、住み家を転々と替へた人であるが、晩年は沼津に移り住み、そこで没した。牧水は沼津を愛し、千本松原をうたひ、伊豆に出かけて山桜の歌を詠んだりした。後年、海の近くに牧水記念館が建てられた。私は2、3回沼津を訪ねたことがある。いづれも牧水関係の場所を見学するためであつた。 しかし、ある年から沼津は私にとつて〈大中寺のある町〉となつた。この駿河梅花文学賞の選考委員になつて毎年、大中寺に来るやうになつたからである。亡くなられた春日井建氏のあとを継いで私が委員になつたのは、第7回(平成17年度)以降である。大中寺の若きご住職・下山光悦氏がわざわざ東京に来られて選考委員のことを依頼され、私はおそるおそるお引受けした。 初めて来てびつくり、大中寺は立派な寺であつた。境内にさまざまな木々が茂り、古木・巨木も多い。築山があつて水が流れてをり、木の下に隈笹が生ひ茂つて深山のやうな趣きがあつた。ながい歴史をもつ由緒ある寺だといふことをあとで知った。 選考委員会が開かれる12月には木々の紅葉が美しく、また表彰式が行はれる2月には紅梅・白梅が咲きさかつた。裏手の日当たりのいい所には蝋梅が咲き、いい香りを放つてゐた。 選考委員は、詩の部門が那珂太郎・高橋順子、短歌の部門が笠原淳・私、俳句の部門が眞鍋呉夫・正木ゆう子、そしてHAIKUの部門が加島祥造の各氏である。笠原氏は小説家であるが、最初から短歌の選考委員として参加されてゐる。それぞれの分野で一家をなしてゐる方々であり、候補作についてさういふ人々の述べる意見は、聴いてゐて大変勉強になつた。また、選考が終つたあとの会食の席での雑談なども面白かつた。雑談もまたその人の断片的な作品なのだ、と思ふこともあつた。 選考会の日、及び表彰式の日、下山さんを始めとして沢山の人たちのお世話になつた。当日のみならず、準備のために費やした時間は並大抵のものではないだらう。皆様のお骨折りに心から感謝したい。ありがたうごさいました。 咲きさかる紅梅白梅香りよし冱寒もうまし駿河大中寺 |
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