次のお客さんが入って来たのはいいんだけど、あれって真選組の制服じゃなかったっけ?仕事中じゃないのか。何か知らないけど、二人の姿を見た途端、坂田サンたちテンション上げてるし、またろくでもない予感しかしないなぁ。
僕の出番は最後だから、茂みに隠れてお客さんの様子を窺っていると、風に乗って二人の話し声が聞こえてきた。
「総悟、本当に桂がここにいるのかよ?ガセじゃねぇのか?」
「入った客がそれらしい人物を見たって言ってんでさァ。それより土方さん」
「んだよ」
「足ガタガタ震わせながらしがみ付くの止めてくだせェ。キモイ」
「なっ、俺ァお前がビビってんじゃねーかと心配してだなァ」
「ハイハイ、行きやすぜ」
「オイ、ちょっと待て!頼むから待ってくれェェェ!」
たぶん黒髪の方が気付かなかっただろうが、僕の位置からはしがみ付かれている方がニヤリと笑ったのが見えた。そうだよな、入ったお客さんってヅラさんだけだし、思いっきり嘘だよなぁ。こんな人たちに江戸の平和は護られてるのか……。
二人はそのまま先に進み、井戸へと差し掛かる。先ほどと同じくお約束の音楽が流れたが、今度はひたりと青白い手が井戸の縁に手が掛かる――。
「っ!いや、俺知ってるから、あれだろ皿数える奴だろ。怖くなんてねーんだよ!」
「土方さんうっさい」
――ズルリ、ズルズルズル
「さっさださだ貞子ォォォォォ!」
おぉ!ついに来た!僕が待ってたのはこの反応だよ!そうそう、これでこれでなくっちゃ!
女物の着物に着替えたヅラさんが井戸の中から髪を前に垂らして這い出してくる。うん、これしかないだろう。すぐにピンときた。
しかし、定番となりつつあるのかもしれない貞子だが、若干古い。肝試しのプロとして言わせてもらえば、貞子も有名になったとはいえお菊さんのような普遍性はない。古臭いのと流行後れでは全然違う。
なんてことを思っているうちに、二人は次のポイント目前まで来ていた。通路の真ん中に白い影。神楽ちゃんが背を向けて立っている。井戸を貞子役のヅラさんに譲ったから、別のをやるって言ってたけど……。
二人が近付くと神楽ちゃんがゆっくり振り返った。その顔には大きなマスクがある。妙に白い肌が薄闇の中にぼんやりと浮かび上がり、より一層不気味さを醸し出している。マスクに手を掛けた。
「――私って綺麗?」
「ギャァァァァァァァ!」
「おや」
口裂け女の姿に黒髪の方が盛大に叫び声を上げた。うん、実にいい叫びっぷりだ。彼は早く先に進もうとしていたが、それを阻むものがあった。幽霊に扮した新八くんが裾を掴みニタリと笑っている。
「離せェェェッェ!斬られてェのか!」
「幽霊は斬れないと思いやすぜ」
「んなもん気合で斬るに決まってんだろうが!」
新八くんの手を振り払い走り出そうとする彼だったが、怖いのかそーご!と叫んでもう一人の手を引っ掴んだ。引っ張られるままに走る青年が、神楽ちゃんと非友好的な視線を交し合う。やっぱり知り合いだったか。しかし、口裂け女は都市伝説じゃないかな……。
角を曲った先には坂田サンが待ち構えている。ということは、そろそろ僕の出番か。なかなかの驚きっぷりに腕が鳴る。
途中、小さな仕掛けが幾つかあったが、その全部に面白いくらい反応してくれた。うん、実にいいお客さんだ。それもほとんど終わり、次は何かと思い始めるあたりで、後ろから忍び寄った坂田サンが足を止めた二人の肩をトントンと叩いた。
「ヒィィィィィィィ!」
「結構、いい出来ですねィ」
「南無阿弥陀南無妙法蓮華経般若波羅蜜多」
「妖怪ってお経で消えるんですっけ?」
「いいからお前も唱えろ!」
のっぺら坊の額からは血が滴っている。髪の毛にも飛び、坂田サンの髪の白さと相俟って、凄惨な姿になっていた。……のっぺら坊って血は流してないと思うけど。
まあいい、出番だ!
「総悟!何グズグズしてんだ!桂いなかったんだから、こんなとこさっさと出るぞ!」
「そんなに引っ張らないでくだせェよ。どうせあと少しで出口ですぜ」
出口という表示が見えてホッとしたせいか、二人の速度が緩まる。これこそまさに思う壺というやつだ。二人の背中にありったけの声を出して向かう。苦節一年、この時を待っていたんだ!
「待てェェェェェェ!」
「ウギャァァァァァァァァァッァァァ!」
これだよこれ!この悲鳴が聞きたかったん、ブゲァ!
「土方さーん、ビビるのは構いやしませんがね、手を出すのはやめてくだせェよ。アンタどんだけチキンなんですか」
「いや、コイツが後ろから脅かすのが悪いんだろーが!」
「肝試しってそういうもんでしょうに。あーあ、鬼の副長ともあろうお方が情けねェ。こりゃ、みんなにも聞いてもらうしかねぇなァ」
「あ!何で録ってんだテメェ!」
「落さん大丈夫ですか?」
「テメーら落さんほったらかしにすんなよ」
「何でお前らがこんなところにいるんだよ!」
「あぁ?仕事だよ仕事。つーか、気付いてなかったわけ?」
「仕方ないネ。ビビってそれどこじゃなさそうだったアル」
「違ぇっつってんだろ!」
「いやいや、キング・オブ・ビビリの称号は土方さんのものですぜ」
「お前は黙ってろ!」
出口まであと少しだったのに……。
薄れゆく意識の中、今年の夏は終わった……と思った。
「落さーん、大丈夫ですかー」
「あ、駄目だこりゃ」
「落だからネ、名前がオチだからネ」
お粗末!
来年はやめた方が無難なのかな……。
2009.08.15