緊迫する広間。そこへ沈黙を破る足音。
「そこまでだ二人とも!」
「とっツぁん?!どうしてアンタがここに!」
「おお!松平!早ようこの者を捕らえい!」
松平の登場に喜ぶ安元であったが、当の松平は動こうとはしない。その後ろには直属の部下たちが並んでいる。
「あー、その……オイ近藤」
「安元殿、麻薬所持及び拉致監禁の容疑にて逮捕致します」
「な、何を言うておる!何を根拠にそんなデタラメを!」
わめく安元の鼻先に袋に詰められた白い粉が突きつけられる。
「安元殿、コレは転生郷でしょう?見覚えがおありかと思いますが」
「何故、貴様がそれを!それは地下の……貴様ァ!謀りおったなァァァ!」
興奮する安元が隊士たちに体を押さえられる。
「アンタのやった事に比べりゃあ、可愛いもんだろ」
「とっつぁん、コイツ何やったんだ?」
その様子を見ながら土方が尋ねる。
「コイツはよォ、ただ転生郷を売って儲けてたってだけじゃねぇのさ。散々金巻き上げて、ヤク漬けにした挙句、そいつ自身を売っ払ってたのさ。この前死んだ、大江戸病院の黒田って医者いたろ?ソイツと組んでな」
「……とんでもねぇ話だな」
それまで大人しく話を聞いていた沖田がふいに動いた。
「オイ」
「ヒッ!」
安元の喉元に突き付けられた刃。沖田は冷たい目で安元を見下している。
「今、死ぬか?心配しなくても、苦しめるだけ苦しめて殺してやらァ。死ねることが幸せに思えるぜィ?」
「やめろ総悟!」
土方の声に沖田は刀を静かに鞘に収め笑った。
「ヤですねィ。ちいとばか脅かしてやっただけでさァ」
(……嘘付け!本気だったろーが!)
沖田の殺気に本当に安元を殺すのではないかと、内心ひやりとした土方だった。
当の安元は呻くように口をぱくぱくとさせるだけで声も出ない。その安元を部下たちが引っ立てる。抵抗することなく引きずられるようにして、広間から連れ出された。
「で?この状況を説明してもらおうじゃねーか」
土方が不機嫌そうに口を開く。土方も沖田も今回のことは攘夷浪士からの警備としか聞いていない。
「俺から説明する」
「とっつぁん」
「オメーらも知ってるだろうが、安元のヤローにはキナ臭ぇ噂が多い。それで内々に探ってるうちに件の医者と繋がってのが分かった」
「さっき言ってた大江戸病院の黒田か」
大江戸病院の黒田医師は一ヶ月ほど前、病院内で謎の死を遂げていた。このことは公にはされていない。更にいえば、明らかに殺害されたにも関わらず、一通りの捜査を済ませ既に終わった件として処理されていた。それもそのはず、黒田の殺害を命じたのは他ならぬ松平だったからだ。
「ああ、黒田の始末は簡単だったんだが、安元はアレでも幕府の重鎮だからな。色々と根回しして今日の事態になったつーわけだ」
「それにしたって、こんな芝居打たなくたっていいだろうに」
「確固たる証拠がなかったんだよ。屋敷内でやってるらしいのは分かったんだがな、入らせてくれるわきゃねぇ。そこで、狙われてるって偽手紙出したら、青くなって俺んとこすっとんできやがった。黒田が殺られてさすがにヤバイと思ってたんだろうよ」
「だったら別にこの女は必要ないんじゃねぇか?屋敷に入る名目ならそれで充分だろうよ」
松平の説明に一応納得はしたものの、いいように振り回された土方は面白くない。
松平はフンと鼻で笑った。
「言ったろ、証拠がねぇってな。もし、これで証拠が出なけりゃいもしねえ相手にずっと警備しなきゃならねえ。証拠が出りゃこの通り安元を逮捕して終わりだが、出なかったときにゃとりあえずさっちゃん捕まえたことにして今回の作戦は終わり。そーゆーこった」
明らかに色々と穴がある作戦だが、無事安元を逮捕した後では何も言うことが出来ない土方だった。
「しかし、帰ったら反省会だな。結局は簡単に侵入されたんだ。今回は良かったが本当なら安元は死んでた。真選組の名折れだ」
「トシ。それは俺がやったんだ。配置が決まったあと、微妙に俺が変えたんだ。彼女が侵入しやすいようにな」
近藤に言われては土方も完全に諦めの溜息をついた。
それまで黙って聞いていたさっちゃん。傷の手当ては既に終わっている。
「松平様、今日はこれで」
「おう、また何かあったら頼むな」
さっちゃんは窓の外へと消えていった。
「さてと、お前たちも撤収だ。俺は先に帰るぜ」
松平はさっさと踵を返し帰ろうとした。
「あーそうだ、総悟」
「何ですかィ?」
「安心しとけ。安元のヤロウはお前に殺されなかったのを後悔するくらいきっちり絞ってやらァ。アイツにゃ聞かなきゃならねえことが山ほどあるからな」
振り返って物騒な笑みを浮かべる松平に沖田も笑い返す。
「そりゃあいい!頼みますぜ、とっつぁん」
「おうよ、任せときな」
今度こそ松平は広間をあとにした。
* * *
こうしてこの一件は無事終わり、翌日の新聞に安元の逮捕の報道が、松平及び真選組の手柄として一面を飾る事になった。
勿論、そこにさっちゃんの名は無い。
恐るべし警察庁長官松平片栗虎。
2006.10.13