外務省官僚、安元の屋敷。江戸の中でも屈指の大邸宅である。
普段は静かな佇まいを見せるこの屋敷だが、今は物々しい雰囲気に包まれている。
安元の所に不審な手紙が届いたのは一昨日の事。
――次はお前に天誅を下す――
これに蒼白となった安元が警察庁へと駆け込むと、長官の松平の元にも「安元が狙われている」という匿名のタレ込みがあったばかりだという。
先日も同じく外務省官僚の屋敷が過激攘夷派によって襲撃されるという事件が起こっており、文面からも同一犯と考えられた。安元は天人との外交で重要な立場にあり、即座に武装警察・真選組が警備に当たる事となった。
大広間の上座には安元が苛立った様子で座り、その側には護衛として沖田が付いている。一見手薄のようにも見えるが、隣室には近藤と土方が本部兼警護として控え、隊士たちと無線で連絡を取り合っている。屋敷の至る所に隊士が配置され、一部は邸内を巡回しながら警戒に当たっている。襲撃など不可能かと思われた。
「しかし、幕府にはロクな奴がいねぇな」
「何の話だ、トシ?」
首を傾げる近藤に、土方は隣に聞こえぬよう小声で話を続ける。
「安元の野郎だよ」
「まあ、確かにいい話は聞かんな」
近藤も珍しく渋い顔をする。
「裏じゃ随分とあくどい事やって儲けてるらしいじゃねェか。表の仕事だって、天人の言う事をハイハイと聞いてるだけだろ?何の為の外交だよ、阿呆が」
「トシ」
困ったような表情を浮かべる近藤に土方は苦笑する。
「分かってる、分かってるさ、近藤さん。仕事はきっちりやるさ」
土方は無線に手を伸ばした。
「あー、巡回班。異常ないか、どうぞ」
『こちら巡回班。異じょ――』
ダッァァアン――!
屋敷を揺るがせるほどの爆発音。襖がカタカタと鳴る。
『こちら巡回班!邸内、凄い煙に包まれています!前が見えません!』
『裏門、異常ありません!』
『正門です!侵入者の姿は有りません!』
次々に入る隊士たちの報告に土方は瞬時に指示を出す。
「警備班は持ち場を離れるな!巡回班は爆発元の消火作業及び邸内の換気。状況が分かり次第すぐ報告しろ!」
『『了解!』』
指示を出した土方だったが、想定外に近い事態に近藤と顔を見合わせる。
「どうにも変だな。外からの侵入者は無し、か。……トシ?」
土方は刀を手に立ち上がった。
「俺も行って来るよ。今回の件、ただの攘夷浪士どもの襲撃という訳じゃなさそうだ」
「……わかった。気をつけろよ」
襖を開けると廊下には煙が立ち込めていた。