出稽古後

「……てめぇは敵に回したくねぇな」
「はっ。善良なる一般市民に何言ってんだか」
「あんだけやっといて一般市民言うか」
「俺は俺なだけだ」
「……」
「そんじゃ新八、神楽、帰るぞー」

 * * *

三人が屯所から出ていくのを、土方と沖田が黙って見送っている。

「……マジでやってみてぇなァ」
「やってもいいが、死ぬぞ」

突然掛けられた声に振り返ると二人の後ろに近藤が立っていた。

「近藤さん!いたんですかィ」
「おう、今帰ったところだ。それより、町で宮里のじーさんに会ったぞ」

たらりと冷や汗をかいた沖田と土方が逃げようとするのを、肩を掴んで止める。

「ったく、お前たちなぁ」

宮里のじーさんというのは、いつも真選組に稽古をつけてくれている剣の先生である。本来なら銀時ではなく宮里が来て稽古をつけている。銀時は怪我をした宮里の代わりということになっていた。
だが、宮里はこれっぽっちも怪我などしていない。ただ、今日の稽古は中止としか聞いていない。
そう、実は土方と沖田が銀時と戦いたいがためについた嘘なのだった。

「いや、たまには別の人間を相手に稽古するのもいいかと思って…。なぁ、総悟?」
「みんなこの人がやりました」
「っ!!てめぇもノリノリだったじゃねーか!!」

土方が沖田の胸倉を掴むが、近藤が止めに入る。

「二人ともやめんか。なんで俺に言わない」

トップである近藤に報告がなされていないということはあってはならない。組織の人間、ましてや副長と隊長である。それくらいはわかっているはずである。痛いところをつかれ、流石に二人とも押し黙る。
近藤は憮然とした表情のままで言った。

「……俺だってな、あいつとやりたかったんだぞ」
「「近藤さん?!」」

先程までの厳しい顔から一転、今度はニッと笑い総悟に話しかけた。

「総悟、さっきマジでやってみたいって言ったろ」
「ヘイ、それが?」
「悪いことは言わん。やめとけ」
「そういや、さっきも死ぬぞって」
「お前らも知ってるだろう?白夜叉の名は」
「そりゃあな。前の戦争ん時に……ってオイっ!」
「おうよ。多勢の天人相手に剣一本で渡りあった、敵からも味方からも恐れられた白夜叉と呼ばれた男。それが坂田銀時、アイツだ」

近藤からの話に二人ともあっけに取られている。

「ただもんじゃねえとは思ってたがまさかな…」

土方は戸惑いを誤魔化すように煙草に火をつけた。
ふと、横を見ると沖田が珍しく難しい顔をしている。

「どーした、総悟」
「いや、旦那からは血の匂いがしねぇなと思って」

現在において人を斬っていると言う意味ではない。
数多の血を浴びてきた過去は決して消えない。たいていの人間は隠しきれずどこかにその匂いを漂わせる。しかし、銀時からはその血生臭い匂いがしない。
それゆえに、血と泥にまみれた戦場の、その屍たちの上に立っている銀時の姿が二人には想像出来なかった。確かに銀時は強い。土方も沖田もそれは剣を交え肌で知っている。けれど、血生臭さはあまりにも似合わなく思えた。
土方は面白くなさそうに呟いた。

「だから“白”夜叉なんじゃねーの」
「いいこと言ったつもりかコノヤロー」
「うっせぇ」

ポカリと沖田の頭を殴る。近藤はもう一度門の外を見た。

「ま、あいつが俺らの敵になることはないだろ。お互いの信念がぶつからない限りな」
「……どーだかな」

染まらない白

2006.04.02

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