「あぁ、万事屋の旦那。今日は宜しくお願いします。こちらへどうぞ」
万事屋の三人が真選組の屯所に出向くと、山崎に稽古場へと案内された。そこでは既に隊士たちが稽古を始めており、威勢のいい掛け声と竹刀がぶつかり合う音が響いている。
「ふーん」
銀時はたいして面白くもなさそうにその様子を見回した。
「来たか、白髪」
突然掛けられた声に振り向くと土方と沖田が立っていた。
「来てやったぞコラァ」
「何が来てやっただ。仕事だろ仕事」
そう、何故銀時たちが真選組の屯所にいるのかというと、なんと依頼をされたのだ。いつもなら隊士たちに稽古を付けてくれる先生がいるのだが、その先生が事故に遭い来れなくなったのだ。廃刀令が布かれる今、剣術をやっている人間は少ない。そこで銀時に白羽の矢が立ったというわけだ。
銀時は面倒な仕事はさっさと終わらせたいと早速用件を聞いた。
「そんで俺は何すればいいわけ」
「山崎」
土方が声を掛けると、稽古場のすみから竹刀を持ってきて渡した。
「竹刀ねぇ。俺、竹刀ってあんまり使ったことねえんだよなあ」
「だが稽古で木刀ってわけにもいかねぇだろ」
「そりゃそうだけどよ」
銀時は竹刀の握り具合を確かめ、軽く振っている。その様子を土方は横目でチラリとみると、今度は稽古をしている隊士たちに声を掛けた
「オイ、みんなよく聞け。前、近藤さんを汚ぇ手使って負かした白髪の侍はコイツだ!」
「マジっすか?!副長ッ!」
以前、お妙にストーカー行為をする近藤と勝負をしたときの話である。その後、隊士たちは白髪の侍探しにやっきになっていたのだ。一気に殺気立つ隊士たちに銀時は慌てるが、土方は無視して話を続ける。
「おっ、お前その話は終わっただろーが!」
「一本取られた奴は壁際に下がれ。反則行為は禁止。審判は山崎。ま、みんな気にするこたぁねぇ。やっちまえ」
そう言うと土方は銀時を稽古場の中央に思いっきり突き飛ばした。
「おいィィィィ!ちょっと待てェェェ!」
「セイっ!」
土方に抗議の声を上げるが、間髪入れず隊士たちが打ち込んでくる。しかし、体勢の悪いはずの銀時だが、見事に受け止めかわした。土方と沖田、それに新八と神楽はその様子に見入っていた。
「やっぱり銀さん強いなぁ」
「当たり前ネ。それよりコイツらが弱すぎるネ。ま、上が弱いんだから仕方ないアル」
「なんだとコラァ」
「事実ネ」
睨み合う土方と神楽をよそに沖田はのんびり言った。
「ま、確かに旦那はまだ余裕があるみたいでさァ」
稽古場を見ると未だに脱落したものはいない。かといって銀時が防戦一方という訳ではない。かわしながらも隊士たちに打ち込んでいる。
「ちっ、ふざけてやがる」
土方の悪態に対し新八が呆れたように言った。
「稽古をつけてくれって言ったのはアンタらでしょーが」
「だから尚更だよ」
苦々しく吐き捨てると、まだ隊士たちの相手をしてる銀時に向かって叫んだ。
「終わりだ!次行くぞ!」
「てめーいい加減にしろォォォ!」
土方の勝手な言い様に銀時は叫び返すと、少し隊士と間合いをとった。そして今度は逆に凄い勢いで飛び込んで行った。それは一瞬の事。
「……全員打たれました」
かろうじて山崎が掠れたような声で言った。隊士たちは呆気にとられた。銀時の動きについていけず、自分が一本取られたのかも自信がない様子で呆然としていた。
それほど今の銀時の姿は圧巻だったのだ。土方は忌ま忌ましげに舌を鳴らした。仮にも武装警察真選組の隊士十数名が、たった一人にそれも一瞬にしてやられたのである。帯刀を許され、日々稽古をしているにもかかわらずだ。相手は民間人。真選組の名折れである。
一方、沖田はというと隊士たちが負けたのにもかかわらず、逆に嬉しそうにしている。
「次は俺と手合わせ願いますぜ、旦那」
「総悟!」
「土方さんは前にやって負けてるじゃないですかィ」
「うっ……」
「次は俺の番ですぜ。ホントは真剣でやりたいとこですけどねィ」
その華奢な姿からは想像出来ないが、沖田は真選組随一の剣の使い手と謳われる。一方銀時は白夜叉と畏れられた人物。そんな二人が真剣で戦いなどしたら、確実にどちらか命を失うだろう。
「……お前かよ」
微かに眉をひそめる。沖田が本気で剣を振るっている所を見たことはないが、決して手を抜ける相手でないことを銀時は経験から感じていた。
「さあ、始めましょうかィ」
ニヤリとして沖田が稽古場の中央へ進む。他の隊士たちはその様子を緊張した面持ちで見つめている。
「山崎」
「は、ハイ!」
普段は見せることの無い沖田の静かな、しかし気迫がこめられた声に、山崎は一瞬気圧された。構える二人を前に、稽古場はしんと静まり返っている。
「……始め!」
先に仕掛けたのは沖田。一瞬に間合いを詰め、鋭い突きを放つ。しかし銀時は寸でのところでこれをかわした。
「総悟の一撃目をかわすたぁな」
土方は悔しいながらも銀時の強さを認めざるを得なかった。
「……沖田さん、強いですね」
「当たり前だ。でなきゃアイツを隊長なんかにするか」
感心するように言う新八に土方が答える。
その間にも二人の攻防は過熱する。荒々しく剣を振るう銀時。しなやかな剣捌きの沖田。その動き自体は全然違うものの、二人とも隙がなく、無駄な動きがなかった。一旦沖田が身を引く。銀時も追わずに間合いを取った。
「流石は旦那。思った以上でさァ」
「お前こそ神楽とやり合うだけのことはあるよ」
お互いニヤリとした。沖田は軽く竹刀を振ると言った。
「まあ、次で終いにしましょうかねィ」
「ま、そろそろ頃合いか」
軽く肩を回すと竹刀を構えた。道場内に緊張が走る。誰しもが息を詰め勝負の行方を見守っている。
――勝負は一瞬――
二人が動いた。
――ベキィッ!!
「ぅわ!!」
折れた竹刀の先が隊士たちのいる方に飛んだ。二人の持つ竹刀はどちらも中ほどで折れている。沖田はまじまじと折れた竹刀の先を見つめると、いつも飄々とした表情を向けた。
「残念ですが今回は引き分けってところですかねィ。ま、機会があったらまたやりましょーや。今度こそ俺が勝たしてもらいますぜ」
これに銀時は嫌な顔をした。
「バカいえ。今日はアイツらに連れてこられたんだよ。給料払えってな。もうぜってーお前の相手なんてしねえかんな」
そう言うと銀時は新八たちのいる方へすたすた歩き出してしまった。ひとつ肩をすくめると沖田もそれに倣った。
土方は目の前まで歩いてきた銀時にぼそりと呟いた。
「…てめぇは敵に回したくねぇな」
「はっ。善良なる一般市民に何言ってんだか」
銀時はまだ手にしていた折れた竹刀を山崎に返した。土方はその折れた竹刀を目で追っていた。
「あんだけやっといて一般市民言うか」
「俺は俺なだけだ」
「……」
あっさりと言われたその言葉に土方はそれ以上返せなかった。
「そんじゃ新八、神楽、帰るぞー」
三人が屯所から出ていくのを、土方と沖田がそれぞれ複雑な表情を浮かべながら黙って見送っていた。
一瞬とはいえあまりにも鮮烈過ぎた。
2006.03.27