青春×暴走=甘酸っぱい

「内人くん、今週の土日なんだけど、砦をぼく一人で使わせてもらえないかな」
「えーせっかくダラダラしようと思ったのに」

塾もなく、のんびり出来る時間なんて貴重なんだぞ!おまえだってわかってるくせに!とは思っても言わない。どうせぼくだって忙しいんだよと返されるに決まっているからだ。

「悪いね。だけど、次のゲームについて少しじっくり考えたいんだ」
「……仕方ないなあ。その代わり紅茶一杯入れてよ」

まあ、もともとこの砦は創也が作ったものだ。それくらいは快く受け入れてやろうじゃないか。

「助かるよ」

さて、二日間の退屈をどう過ごそう?


* * *


というのが、金曜の話。
昨日は家で面倒な宿題をこなし、今日は砦、といってもまだ中には入っていない。別に創也との約束を破ろうだとか、驚かせてやろうだとか、そんな理由じゃない。この頃、創也が変なんだ。話し掛けても上の空なことが多くなったし、僕が見ると目を逸らす。それに……何となくぼくといるのを嫌がっているような気がする。そう思っているところに今回の砦を一人で使わせてほしいときたもんだ。何もないと思う方がどうかしている。

ぼくは創也のことを、頭にはゲームのことしかない猪突猛進で向こう見ずの大馬鹿野郎だと思っている。だけど、そんな危険人物に付き合ってやれるのはぼくしかいないとも思ってる。だから、こんなモヤモヤした気持ちでいたくない。あいつがどうしても嫌だっていうなら仕方がないけど、ぼくとしてはたとえ殴り合いになったって全部本当のことを知りたい。ただ、不安もある。
――ぼくには創也に嫌われる理由に思い当たる節があるから。


***


「創也?」
「内人くん?どうしたんだい。今日はぼくが使う約束だろう?それとも忘れ物でもしたかい?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……」

創也の機嫌が悪くなった様子はない。まだ何とも言えないけど、取りあえず第一段階クリア。

「ちょっと創也と話がしたいなーって」
「何だかいつもの君らしくないね。ぼくも休憩しようかと思ってたとこだし、紅茶でも入れようか」
「うん、頼むよ」

もしかしたら創也の紅茶を飲むのも最後になるかもしれないしね。
ふぞろいなカップを前に何となく微妙な空気が漂う。

「あのさ、創也」
「なんだい内人くん」
「これはぼくの思い違いだったら嬉しいんだけど、もしかして創也ぼくのこと嫌いになった?」
「えっ?」
「だって創也、最近ぼくのこと何となく避けてるだろ」
「なにを馬鹿なこと言ってるんだい」

創也は明るくいつものように答えたけど――残念だよ、創也。ぼくはいつもおまえを見てたから、どんなに必死に動揺を隠そうとしてもわかってしまうんだ。

「――やっぱそうなんだ」
「そんなこと、あるわけないだろ」
「じゃあぼくと目が合うとすぐ逸らすのは何で?近くに行くと何かと理由を付けて離れたり離そうとしたりするよね」
「それは……」

ほら、やっぱり!黙り込む創也の胸倉掴んで今すぐ全部吐かせてやりたいところだけど、ここはぐっと我慢。

「ねえ、創也。ぼくに気に入らないところがあるならいつもみたく言えばいいじゃないか。直すように努力するからさ」
「…………」

俯いたまま何も言わない創也。

「……仕方ないね」

これは当然の報い、だね。創也がぼくのしたことに気付いてたなら、この結末は遅かれ早かれ来たんだろう。おまえと第六のゲーム、完成させたかったな。

「ゴメン、創也。もう砦にも来ないようにするよ」
「内人くん!」

呼び止めるなよ!ぼくだってこんなの嫌なんだから、折角の決心がぐらつくじゃないか!

「ちょっと待ちたまえ!」
「離せよっ!嫌いなんだろ、ぼくのこと!」
「そんなことない!きみのことを嫌いになるだなんてあるわけないだろ!」
「だったら、なんで何にも言わないんだよ!創也らしくないじゃないか!」
「……それは」
「ぼくは本当のことが知りたいんだ。嫌いなら嫌いでいいし、違うなら違うではっきり理由を言ってくれ!」
「じゃあ、言うけど……」

いつも自信満々で不遜な態度とは違い、心細げな表情の創也。

「ぼくはきみが好きだよ」
「――ぼくもだよ」

すると創也は悲しそうな顔をして首を横に振った。

「違う、違うんだ内人くん。ぼくはきみが堀越くんを思う気持ちと同じ意味で好きだと言ったんだ」

え?ええええええっ?!

「ほら、驚いただろう?」

そりゃ驚くに決まってる。

「きみと目を合わせなかったのも、近くに寄らなかったのも、きみのことが好きでどうしようもなかったからだよ!この気持ちがバレるんじゃないかって気が気じゃなかった!」
「創也」
「知られてしまったら、きっときみは口もきいてくれなくなる。そんなのは絶対嫌だった。ぼくにはきみが側からいなくなるなんて堪えられない!」
「創也!」
「……でも、もう終わりだね。気持ち悪い話をして悪かった。きみとシックススゲームの完成を見ることが出来ないのは残念だけど、今まですごく楽しかった。ありがとう」
「創也ってば!」
「帰ってくれ!」

僕を押し飛ばし部屋の隅にうずくまる創也。もしかして、泣いているのかもしれない。

「ねぇ、創也。ぼくもきみのことが好きだよ」
「……ありがとう。でも無理しなくていいよ」
「無理なんかじゃない」
「……え」
「ぼくもおまえと同じ気持ちで好きだよ」
「嘘だ!」
「嘘じゃないって」

疑う気持ちもわからなくはないけど、そんな間髪いれずに返されると傷付くな。

「だって、きみが好きなのは堀越くんだろう。一昨日だってそんな話をしたじゃないか」
「うん、堀越のことは好きだったよ」

おまえに会うまではね。

「でも」
「堀越には悪いとは思うけど、そう言ってればおまえにバレないかなって思って」

だって、まさか創也もぼくのことを好きになってくれてるだなんて思うはずがないじゃないか。

「……本当かい?」

疑い深いなコイツ。まあ、仕方がないここはもう一押ししようじゃないか。

「創也、ぼくが嫌われてるんじゃないかって思ったのにはもう一つ理由があるんだ」

知られたら絶交されるんじゃないかって、この一週間ずっと不安だった。

「先週の日曜、きみが寝ててぼくが先に帰っただろ?」
「うん」
「あのとき、その……寝てる創也にキスしちゃったんだ」

「えっ」

真ん丸に目を見開く創也。

「何かこう魔がさしたっていうか、気がついたらしてたっていうか」

好きな相手が目の前で無防備に眠っている状況にぼくの理性は勝てなかった。

「だから、砦を一人で使わせてほしいって言われたときは、もう駄目だと思った。バレてるんだって。絶交されても仕方ないって思ってた」

それがあれよあれよの間に急転直下のこの展開。誰がこんなことを予想出来るだろうか(いや、いない)。いつの間にか泣き止んだ創也が、ぼくをじっと見ている。

「――この期に及んでこんなことを言うぼくを疑り深いとか思わないで欲しいんだけど」

……もう既に思ったよ。

「きみは本当にぼくのことが好きなんだね?」
「好きだよ」
「――ぼくもだよ」

好きだなんて、何となく軽いよう気がするけど、たぶん今のぼくらにはそれくらいでちょうどいい。


***


そうして、砦には今まで通りの時間が戻った。創也はパソコンの前、ぼくはソファー。入れ直した紅茶を飲みながら、さっきまでのことを冷静に振り返る。

「あのさ、今更だけどぼくら凄く恥ずかったよな。お互い勝手に盛り上がって暴走してたっていうか」

こんなのドラマの世界だと思ってたけど、当事者になってみると自分のことだけで精一杯になるのだとつくづく思い知った。

「……まあ、ゲーム作りには色んなことが必要だからね。いい経験の一つになったよ」

澄まし顔で言うが、目はまだ赤い。

「それよりも、ショックなことが一つだけあるんだけどね」
「ショック?」
「きみがひとの寝込みを襲うようなヤツだとは知らなかったよ」
「っ!」
「冗談だよ」

ほほえむ創也。……えーと、どうしよう。この雰囲気はしてもいいってことなんだろうけど。取りあえず、立ち上がって創也の両肩に手を置いてみる。

「……笑うなよ」
「いや、失礼。きみが空気の読める人間で良かったよ」

それはダージリンの香りと、微かに涙の味がした。

青春大激走!

2008.02.23

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