●30年前、絵本のお店を出す頃はまだ質のいい絵本が普及していなかった。
(一般的に知られていなかった)
●絵本との最初の出会いは息子さんが6ヶ月の頃 動物の写真の絵本を
いただいて子どもに見せたら絵本に頬ずりするように見ている姿。
小さいのにこんなにいとおしむ感情があるんだと思った。
まだ出版社に勤務されていたご主人が会社帰りに絵本を買ってきてくれる
ようになって「いないいないばあ」を何度も読んだ。
子育ての中に絵本があるのが分かってうれしかった。
●お店をはじめるきっかけになったのは「もりのなか」1歳半の時に
息子さんが夢中になっていた。
そして、出版社を辞めて田舎に帰って絵本のお店を始めると言い出す。
はじめた頃まだお子さんが小さかったので おばあちゃんに預けて
夫婦二人でお店をする。
子育てはおばあちゃんにお任せしていたので、やってあげられることは
絵本を読んであげることだった。
●保育園にも入れるようになったけれど(心苦しさがあったよう)
その保育園に木がうっそうと茂っていて息子さんが、
「もりのなか」があったと言ってくれた。
「もりのなか」に行っておいでと送ることができた。
●おばあちゃんにも沢山読んでもらった。
まだダンボール絵本=絵本とも思われていた時代だったので
「おやすみなさいフランシス」のような絵本をおばあちゃん
は「これが絵本なの?」と最初の言葉。
●「まんげつのよるまでまちなさい」では、待つ楽しみを教えてくれた。
●「せきたんやのくまさん」も子どもたちが大好きだった。
●「マドレーヌといたずらっこ」はいたずらの概念を否定しない。
思いっきりいたずらを楽しませてくれる。
●「うみべのあさ」歯がぬける時期のお話。
20分くらいかかって読むのはしんどいけれど心の奥深くに関わってくれる。
●「百まいのドレス」
折井さんは子どもの時親が転勤族だったため、この本によって心のかせが
とれた。
●「はなのすきなうし」訳文が変なところがあった。
「けんぶつの おんなのひとたちが、みな、はなをさして
いるのを みると、 のっそり その そばに すわりこんで
ゆうゆうと、はなの においを かぎはじめました。」
とありますが、絵では闘牛場の真ん中に座り込んでいる。
子どもたちはそれを見て そばじゃないよと言う。
確かに違和感。
岩波の方がお店にみえた時に話したら、編集会議にかけて
少し変えてくれた。でも・・・
どうやら訳というより 絵を描いた人が勘違いをしたらしいので
直せないようだ。
●カリジェの絵本
3冊は ゼリーナ・ヘンリの文でこちらの方が有名。
あと3冊はカリジェ自身の文。家ではこちらが人気。
山、冬の厳しさが表現されている。
自分ではおおよそ体験できないことを、さも体験したように感じられる。
●「よあけ」息子さんが高校生の時に学校で詩集を作るので参考にしたい。
と、この絵本を思い出していた。
息子さんは大学で上京し初めて家を出た時に「ゲド戦記」「西遊記」など持っていった。
心の支えにしたのでは。
そして、息子さんが出た家が少し広く感じて 家庭文庫を始める(14年目になる)
『ろば文庫』それまでは磐田には無かった。
●『ろば文庫』でのお話
「点子ちゃんとアントン」どうして外国のお話なのに点子ちゃんなの?
と来ている子どもに聞かれ 一緒に奥付の原題を読むけれどドイツ語なので
大きくなってドイツ語が分かるようになったら 教えてね。
その子は今 大学で英語の勉強をしている。外国語に興味があったのだ。
リンドグレーン が『ろば文庫』では人気。
ずっと人気は続いている。
「あな」男の子3人くらい(文庫には女の子が多くて男の子は3人くらい)
で集まっていろいろ言っている。なんで埋めたんだ?自分の物にしたかったんじゃない?
等など。聞いていて面白い。
男の子だけを集めて読むことがある。(女の子に圧倒されるので)
「あくたれラルフ」「おおきなくま」など本に顔がくっつかんばかりに
どんどん入り込んで集中していく。
「おおきなくま」のラストで「な〜んだ結局大人か」と言う子も。
でも、ほっとしている子もいたと思う。
いろんな子の中で本を読むということはこういう事なんだと思った。
子どもと本を読み合うことで、子どもから教えてもらう。
●「やまのかいしゃ」自分がほっとする。
●「ねずみのとおさん アナトール」
●「雨、あめ」
上のお子さんは「もういいよ。どうせ、お母さんはやらせてくれないんでしょ。」
下のお子さんはダメって言ってもやっちゃう子で楽しんだみたい。
●「ピッピ船にのる」
お父さんが久しぶりに会ったピッピに「おまえ今でもうそをつくのか?」
この後から、隣の二人のきょうだいに 特に妹の方の心を揺さぶることが
表現されている。
子どものそういう所が書いてあるのがいい。
●「ラモーナとおあかさん」
人形の足を切ってしまう。何故切ったか聞かれた子は 骨があるのかどうか切ってみた。
という答え。
●ファンタジーとの出会い
「ライオンと魔女」「トムは真夜中の庭で」「ゲド戦記」
清水眞砂子さんから影響を受けた。
子どものかわいさ、甘さではなく、生きる力がどこにあるのか?
●カニグズバーグ
文学に正義を振りかざさない。正面から子どもとぶつかるお母さん。
●「黒い兄弟」「見習い物語」貧しい子どもでも、生きる力にあふれている
決して悲惨にならない。楽しむことを忘れない。
●「ことばあそびうた」2〜3才になる頃にこの本をプレゼントしている。
言葉を覚え始めた子どもがとても楽しむ。
●「火のくつと風のサンダル」
夏休みにお父さんと旅にでる太った男の子の話。
旅の間にお父さんが事あるごとにいろいろと話してくれる 物語が良い。
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ここからは 質問コーナー
Q:お茶の間読書とは?
批判もあってやめてやっていないところもあるけれど
(良い事の裏側には必ず弊害も現れる)
全国的なものだった。
磐田では3年生になるとやる。3年生くらいになると
読む力がついてきている。
お茶の間ひととき読書に関しては←をクリック
Q:先ほど批判、弊害もあってという事でしたが?どのような批判、弊害?
(少し言いにくそうにされていましたが)
お茶の間読書
組織的な問題。一定の権力によっての問題。
子どもにとって良い本とは限らないものだったり・・・教育的な配慮が入っていたり。
そのように使われると・・・
本→もともと趣味であって、楽しみなのに教育と結びつくと教育としての本を
手渡そうとしてしまう。
読み聞かせの弊害。
読み聞かせがあるという事で、お母さんが家で読んであげないという
不思議な現象が起きてくる。
家庭文庫でも、1人1人に手渡そうという思いでやっている。
読み聞かせにはいろいろな子が集まっていてする。
読み聞かせに向かない良い本もある。
本当に本を楽しむことにはならない。(読み聞かせだけでは)
自分がアンテナを高くして情報を集めて、ハングリーな気持ちでいないと
惑わされることが多い。
