ひとりごと?
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■四十肩治療と岡潔
一ヶ月前になってしまいましたが、
4月19日 日曜の朝、目が覚めて異常に気付きました。
両肩と鎖骨の辺りが痛い。
何だこれ?起きて動き始めると、右肩だけが痛くなってきた。
「四十肩」という文字が浮かび、戸惑う。
何もしなくても、かなり痛い。その日は午前中「市子ども会育成者連合会」の
総会があり、近くの班の人の車で乗り合わせて行くようになっていて9時にお迎えがある。
とりあえず、痛み止めを飲むしかないか・・・。
あまり飲みたくないけれど、鎮痛剤を飲んで少しやわらぎ、
総会は無事参加できた。でも、その総会の間痛かったのでつい患部を揉んでしまった。
それがいけなかったようだ、四十肩とは炎症が痛みになっているようなので
そっとしておくべきだった。
夜になって、ヒーヒーいうほど痛くなってきた。
家事の残りがあってもかまっていられない、布団に入ってしまった。
寝ていても、痛さに絶え難く、痛みの為か吐き気もする。
ヒーヒー言っていると、下でちゃーちゃんや息子が片付けをしてくれている
音がする。
あんまり痛かったので別の部屋に寝ようかと思っていたけれど、みんなが
眠る頃には一緒に眠っていた。
あれだけ痛くて眠れなかったのに、その夜は熟睡したみたいで、
月曜の朝起きるとなんとか、息子の朝食の支度などできる。
まだ肩は痛くて服を着るのは辛いけれど。
なんだかんだで、月曜の午前中ちゃーちゃんは夜勤の為の睡眠時間を
削ってくれて野草子ども診療所に連れて行ってくれた。
相変わらず混んでいて1時間半は待った。
待ちながら、赤ちゃんや小さな子どもが病気で来ているのに
私が四十肩で診てもらうのは申し訳ないなぁと思いつつ。
よばれて、先生に「今日はどうしたの?」といつものように聞かれ
おずおずと経過を伝える。
先生は普通に診てくださって丁寧に触診もして、胃の調子の悪いのも
気付く。
身体を温め、筋肉をゆるめる、気のめぐりを良くし老廃物を出させる
作用のある漢方を処方してくださる。
それと「操体法」を勧められる。待合室にあるその本を2冊お借りした。
先生に診ていただいただけでいつも80パーセント以上治った気になる。
ホッとするのだ。
「操体法」は名前は知っていたけれど、なかなか実践する気になることは
無かった。今回はそのチャンスだ。
そんな頃、NHKの番組で懐かしい映像をやっていたなんとなく見始めたら
「岡 潔」だった。写真と本での言葉しかしらなかったけれど、
生前の動く岡さんだ!講演会に行ってみたかったなぁと思っていたので
思わぬご褒美に感激した。おっしゃるっていることもやっぱり感激した。
そんな風に気持ちも元気になっていった。
さて、そんな具合ですぐに良くなっていって発症?2日目からはもうほとんど
普通に生活しています。何ヶ月も、長いと一年もかかるとネットで調べたらあった
ので感謝です。
*5月21日(木)*
new
■「朗読者」
件(くだん)の「ひつじ日和」さんで何気なく手に取った
ベルンハルト・シュリンク(著)「朗読者」という本。
ひつじ日和さんでは 店主の手書きの短いメモが挟まっている。
この「朗読者」には
少しだけ
戦争の傷あとが…。
なぜか、ノルウエーの森
を思い出しました。
というメモだった。
この本の存在はたぶんそこで初めて知ったのだが、
何かに惹かれて 購入した。
連休中などほとんど読書をする事も無かったため
やっと15日に読み終えた。
訳者のあとがきから「朗読者」が映画化されるということを知った。
調べてみたら 「愛を読むひと」というタイトルで
6月19日から日本では公開されるらしい。
愛かぁ〜。
この本から私が感じた事は 愛とだけでは片付けられない
深い生きざま。
前半の本能のままの…身体の赴くままの…熱い恋。
こちらが あっての後半だけれど 前半の恋が遠い遠い幻想に
なるほどの後半。
映画のコピー文のように 悲しい愛に泣く事は無かった。
そんなことは 越えた所の人のあり方に思いはいった。
人が人を裁くという それも歴史において。
自分がもしその場に居たら 絶対に同じことはしないとは
言い切れないような状態。
それでも 人は人を裁く。
そうそう、このお話はドイツのナチス時代の後の時代。
ドイツ人がドイツ人の戦争犯罪を裁くという事が絡んでくる。
正義だけでは裁けない事があることを深く刻み込まれる。
21日から「裁判員制度」が開始されたが、裁くことの難しさ
恐さをあらためて感じた。
どんなに真実を追究しても どんなに正義においたとしても
どんなに真摯に当たったとしても どんなに平等にみたとしても
答えはないのだろうなと。
見つからない答えを探して…見つからなくても
探していくことが 唯一出来ること。
主人公の父親の言葉に「わたしたちは幸福について話しているんじゃ
なくて、自由と尊厳の話をしているんだよ。幼いときでさえ、君は
その違いを知っていたんだ。ママがいつも正しいからといって、
それが君の慰めになったわけじゃないんだよ」
というセリフがあって 読んでいた時は良く分からなかったのだけれど
大事な事に感じて 付箋をしていた。
今日は この本のことがずっと頭から離れなくて上に書いたような
事をずっとぐるぐると考えていたら
「幸せが全てじゃない、幸せの形も違う。じゃあなにが…」と浮かんできた。
そして、父のセリフが重なったのだ。
訳者あとがきで「ジョージ・スタイナー(*)はこの本を二度読むようにすすめている」とある。
訳者も二読目に初めて登場人物たちの感情の細やかさに目が開かれる 体験をしているそうだ。
さて、ここまで読んでくださった方 ありがとうございます!
少しネタバレになっていたらごめんなさい。
後から後から 味わえる物語です。
(*)イギリスの評論家 1929年、オーストリア系ユダヤ人としてパリに生れる。
パリのリセで教育を受けたのち、ナチに追はれて1940年、アメリカに亡命。
なお、この文は5月16日にあるブログに載せたものを変えてあります。
*5月22日(金)*

ほーむ