『今、私の立つところ』
●まず、このタイトルが偉そうだったと後悔されていました。
=本題に入られる前に、今年亡くなられた大事な方々のお話をされました。=
●世界的な知識人と鶴見俊輔さんが言った加藤周一さん。著書『羊の歌』
●高杉一郎さん『トムは真夜中の庭で』の翻訳、清水さんの大学の恩師。
広い視野を持った、本当の教養を教えてくれる人。
遅刻の先生だった、その言い訳が『すまん、すまん。明け方まで読書をしていて
寝坊してしまった。』
大人になってもそんな風に夢中になって読書をしていいんだ、と身を持って教えてくださった。
(今、遅刻すると生徒からの評価が下がる。パワーポイントが使いこなせるか?
レジメがあるか?というどうでもいいような事で評価して、内申の評価は教務課は要らない)
高杉先生から、・横浜事件・シベリアに抑留・エスペラント語・日本の芸術家を育てた人のこと
・岡本かのこ など様々な窓を開いてくださった。
清水さんが教えておられる学生たちの卒論をみていると、自分自身に対する要求度が高い。
だから、提出が遅くなるけれど、最後にいいものが出てくる。
『小さな完成品は出すな、大きな未完成品を出せ』
●石井桃子さん 101歳
●伏見康治さん 物理学者 ご主人が秘書のような事をされていた
ご主人はあけすけに物を言うところがあり 伏見先生にある時
『先生、学者っていいですね。何年も現場から離れていても学者といえる』
吊(めい)刺に元○○とは学者は書かないことを言ったら、伏見先生がちょっとむっとされて
いたが、その後吊(めい)刺の物理学者の前に元が入っていた。
●切り返し方
『ベーグルパンチームの作戦』に出てくるように親子のけんかの仕方。
上手いけんかは大事。カニグズバーグは上手く描き出している。
幼児教育の現場で『ごめんね』『いいよ』が蔓延している。
どっちも紊(なっ)得いかず、フラストレーションがたまる。
●岩波『図書』1月号に編集者に言ってしまった
ゲド戦記はごくごく平凡な男と女の物語ではないか?という言葉から
それについて書くことになった。
最終巻がテナーとゲドのありふれた会話で終わっているのは、夫婦がなにげない会話に
行き着くまでにはどれだけのことがあるか。それまでの事はその最後の会話を書きたい
ための物語ではないか。
かつて、ル=グイン夫妻のお家に招かれた時に『ひょっとして、ゲド戦記は
お二人のお話だったんじゃないですか?』と聞いた事がある。
その時、NOでもYESでもなく、にっこり微笑まれた。これはそうだな!と思った。
●忙しい夏だったけれど、ご主人と山に登った。
その時、ご主人はオコジョに出会い すぐに清水さんも呼んで一緒に
いた場所に行ったけれど もう会えなかった。きっとご主人が一人で居たから
会えたのだと思った。エッツの『もりのなか』のように・・・
清水さんは アサギマダラという天国からチョウが来るとしたら・・・と
思えるようなチョウをみた。
●ある試験の時、この頃初見の文章を読んでもらうことがあり
知らない漢字に出会ったとき、どのような対処をするかを見たいのだけれど
読めない漢字で 硬直してしまった学生がいてその様子に試験だというのに
つい『読めないところは〔何とか〕って読んだりすればいいのよ。』と教えてしまった。
読み飛ばす事を知らない、迂回する力、スキップする力、回り道する力が無くなっている。
『できる』か、『できない』かしか無い。
そして、『怒り』は残っているけれど、『憤る』事が無くて全部自分のせいにしてしまう。
これは、この秋の話。
●そして、その前のできごと。
読書推進運動に疑問があったのに、そうも言えない事があった。
(読書は考えの狭くなる人だってある。)
学生の言葉で『テレビに出て無くても、こんなに立派な素敵な人が
いっぱい居るんですね。』
夫に話したら大人たちだってそうだろう。と、人を見る物差しが(テレビ)
乏しくなっている。
●ここ3週間ほど前にゾクゾクするうれしいことがあった。
学生(3年生)がフィリッパ・ピアスを読めるようになった。
本をなめるように読むということ。(本を線で読むのではなく)
ありふれたことを文学の中から見つけられるようになれば、
日常の中のことも見出せるようになっている。
●教え子の子供の中学の参観会の話。
一番人気の先生の参観が出来るというのでどんな先生かと思ったら
最初に試験に出るところのポイントを教えてくれる先生だった。
《ここから講演の本題に入ります》
会場で配られたプリントにある、とりあげる本のリストから・・・
今年起きた『秋葉原』の事件において、この本に出会っていてくれたら
また変わっていたかなと思われる本。
●『かけがえのない人間』上田紀行 講談社現代新書
『親と別れられるんだったら、外に出て人の一人や二人殺してもいいんだ』
という母一人子一人で育った若い頃の著者の言葉に、その母はどうしたか?
物理的に会えないアメリカへ移住した。
●たまねぎの皮をむきながら ギュンター・グラス 集英社
『ブリキの太鼓』の著者ギュンター・グラスの自伝
子供の頃、ヒトラー・ユゲントに入っていた。その中に何でも出来る少年がいた。
何でも誰よりも早く上手く出来る少年が銃の訓練だけは『私達はそんなことはしません』
拒否した。それによって教官からも、仲間からもひどいいじめや扱いになった。
それでも、どうしても拒否する事から、いじめていた仲間の中でもそれほどまでする
彼に何があるのか?と興味が湧いてくる。それによって最後には収容所送りとなった。
また、その頃若い美術の先生の家に行く事があった。芸術も厳しい規制のあった時代。
先生のテーブルの上にはさりげなく退廃芸術の絵(写真)が何枚もあった。
誰もが見られるところに密告の危険のあるものを置いてある先生。
著者は、この先生のところで様々な芸術と出会う事が出来た。
●第八森の子どもたち エルス・ペルフロム 福音館文庫
●ムーンレディの記憶 E.L.カニグズバーグ 岩波書店
退廃芸術をめぐるその後、カニグズバーグの新作。
●じゃがいも(中国現代文学短編集) 金子わこ編・訳 小学館スクウェア
今年はいろいろとあった北京オリンピックだったが、中国にもいるじゃない!
特に、『青いきれいなちりレンゲ』は良かった。どのレンゲを見てもお話の
中のちりレンゲを思い出してしまう。
●わたしは歌う ミディアム・マケバ 福音館日曜日文庫
今これを夢中になって読んでいる。
=ここからは最近の自伝『青春の終わった日』から=
●子ども時代をいきのびるのは奇跡(センダックの言葉)
●よく考えると父のことも、母のことも知らない。兄弟のこともしらない。
近いがために問えない。お互いのことを知らないで死んでいく。
●この本を書くきっかけとなったのは、『どうやってこの児童文学の世界に
入ったか』を3回の連載を受けたことから。
●学生が本を読んだ後に『先生、青春って本当に終わるんですね?
だったら私生きて行けます。』と言った。
●学生達にどんな仕事につきたいかと問うと『自分に合った仕事がしたい』と。
お茶くみやコピーは嫌だと。それに対して世の中のどれだけの人が自分に合った
仕事をしていると思う?みんな生きていくために仕事をしなくちゃならないんだ。
お茶くみやコピーだって立派にするのはどれだけすごい事か。
●本の感想の中で多いのが、『私の代わりに書いてくれた』という言葉。
徹底的に個に入っていくと、上(ふ)変に入る瞬間がある。
●特別なことは書いていない、誰にでもあった子ども時代。
特別な子どもではなかった、多少違うことがあるとすれば・・・。
○人の人生に書かれるに、語られるに値しない事はない。と思うこと。
○人間に、世界に希望を持っていた、いる。その考えを捨てることは出来ない。
●粋を成り立たせるには、あきらめる事だと書かれたものがある。
(著者忘れてしまいました。すみません!管理人)
そうだとすると、私は決してあきらめないから、大野暮である。
夫も「どうせ』とは言わない人。
●Ⅰ・B・シンガーは見る目、聴く耳があれば、生涯語りつくせない程の
物語が人にはある。と。
この後は、休憩の後、質疑応答コーナーとなりました。
質疑応答の時に出てきたおはなしから2つだけ・・・。
●『忘れられた日本人』 宮本常一 岩波文庫
かつてお遍路さんの通る道に、どうしても育てられなくなった子どもを
置いていった。お遍路さんから帰ってきた人が子どもを連れて帰ってくると
いうことが当たり前にあった。誰の子どもかは、どうでもいい。
みんなで育てればいい、というのがあった。
●『江戸の捨て子たち―その肖像』沢山美果子 吉川弘文館
捨て子は千枚衣(せんまいご)と言ってつぎはぎだらけの着物を着ていた。
それは貧しいからつぎはぎだらけなのではなく、あえて着せていた。
貧しいから・・・と考えて終わるのは普通。なぜかと追求していくのが
ここからが学問といえる。沢山さんは、あえて着せていて、それは
できるだけ多くの人の手で育って行ってくれますように!という親の願いが
こめられていたという事を汲み取った。
学問とはこのように広く掬い上げてくれることだと思う。専門的になって
狭くなっていく事ではないと思う。
