ひとりごと?


 
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 ■富安陽子講演会 Part2(2009年10月30日)

 
2007年の6月にH市で文庫の会さん主催の講演会で
楽しいお話を聞かせていただいて2年も経っていたのですね。
 今回はI市の中央図書館での「第22回子どもと読書講演会」がありました。
 
 重なるお話もあるだろうと思いつつも、前回楽しかったので
 行ってみました。
 
 ほぼ重なるお話が多いのですが、詳細は忘れていたりでまた大笑いさせて
 いただきました。まるで面白い落語を何度も聞くように。。。
 
   前回のまとめと同じお話もありますが、全部まとめてみますね。
 
 
 

 「物語が生まれる時」富安陽子
   
 富安家は 九州の造り酒屋が生まれで、そこの何人兄弟の
   おじいさん(富安さんの)は、みんなが同じことをやっても
 しょうがないと対馬に渡り、「まるぜん醤油」をはじめ繁盛するが
 密輸貿易がバレ対馬に居られなくなり、東京へ渡る。
東京では浅草でまんじゅう屋を始めるが、珍しい物好きの
おじいさんはいち早く、まんじゅう製造機を取り入れる。
でも、そのまんじゅう製造機が下町の反感を買いつぶれる。

富安家はそのまま東京に住む。富安さんが生まれた頃には
そのおじいさんはいなかったが、父母、父方のおばあさん、おばさん(父の姉)
と陽子さんで暮らしていた。

富安の人はみんなホラ吹きだった。
●おばあちゃんは、妖怪の話を実体験の中におりまぜて
話をするのでとてもこわかった。

「すねこすり」
 妖怪事典などでは、猫みたいな姿だけれどおばあちゃんに
 教えてもらった「すねこすり」は真っ黒い毛の塊みたいなのに
 目が付いていてそこから長細い手が伸びている。
 くつをちゃんと揃えて脱がないとその手で転ばされる。
 だいたい2、3日中には転びそうになることがあった。
 
 「あかなめ」
 昔は深い木桶のお風呂で、裸電球が一つ付いているくらいで
 夜は薄暗く、天井の四隅には闇が出来て湯気がただようと
 まるでそこから何かが出てきそうだった。
 夜に一人ではいるのはこわかった。
 お風呂掃除をおばあちゃんとするのだけれど、毎日大変だったので
 昨日やったから今日はいいだろう?というと
 あかなめが住み着くようになるからと・・・。
 
 ●お父さん(現在81歳)
 純粋にホラ吹きの富安家の血を引くお父さん。
 富安さんの息子達、孫には面白いことを言うおじいちゃん
 なのでしょっちゅう息子たちはおじいちゃんにいろいろと質問する。
 例えば、「ヨーグルトってどうしてヨーグルトって言うの?」
 おじいちゃんは「ようグルッとかき混ぜて出来るから」
 とか「牛乳にヨーグルトーと掛け声をかけて作るから」とか。
 
 四万十川のことを「よんまんじゅうがわ」に行ったら美味しいまんじゅうが
 流れてきて食べたとか。
 
 ノーベル賞ってどうしてノーベルっていうの?
 はじめて受賞した人が電話が無くて苦労したことから・・・。
 6年の長男はさすがに気付いて、「ノーベルって言う人が・・・」
 と説明すると、そういう説もあるなぁと。
 
 ●おば(現在93歳)
 スイカをくりぬいて竹ひごを刺して虫かごを作ればえさをあげなくても
 いい。でも、腐り出したら作りなおさないとならないけれど。と教えてくれた。
 階段に布団を敷き詰めて滑り台にしたり、ホウセンカでマニキュアにしたり。
 
 ある年、おりこうにしていると十五夜の満月の夜 月から
 お餅が降ってくるとおばはいう。
 ある十五夜の満月の夜、本当に庭にお餅がふってきた。
 庭にはコケが敷き詰められていて その上に落ちては弾むお餅が
 今でもはっきりと浮かぶ。
 そのとき、母だけは(母は富山から嫁いだ真面目な母)台所に
 立って仕事をしたまま「良かったね」とちっとも驚かない様子に
 変な感じはした。その夜、3回お餅が降ってきた。
 その時の不思議を消さないために、その夜の事は誰にも話さないでいた。
 誰かに話したら消えてしまう魔法のように思えていたから。
 その後、東京から大阪へと引越しをする。(祖母とおばは東京)
 東京のおばの所へ遊びに行った行った小4の夏に、夢か現か
 分からなくなってきていたので、おばに餅が降ってきた日のことを
 たずねた。
 すると、おばは「まだ信じていたん?」と申し訳なさそうに白状した。
 その時やっぱり魔法は消えてしまった。
 
 でも、それで自分の息子が5歳、3歳となったときにリベンジした。
 ゲーム世代の息子たちは まず洗脳しなくてはと徐々に
   月でうさぎが餅をつき、おりこうな子どもの所だけに中秋の名月に餅を
 撒いてくれるという話を吹き込んでいった。
 夫と結託して、小餅を用意し和紙で包み うさぎの絵のマークまで入れる。
 息子たちは喜んで 幼稚園に持っていくという。
 それを阻止できず、お餅の降って来なかった子ども達には一日遅れで
 お餅が降ってくることになる。
 お母さんたちからは 来年はやめてくれ・・・と。
 
 それでも、毎年富安家では餅撒きがされ、6年、4年となった年は
 やめようかと思った。
 その年の中秋の名月の前に真っ赤な月があがり、息子たちは
 その月を見て「いよいよやで」と話しているのを聞いてしまう。
 あわてて用意をしようと思うが餅の用意が間に合わず、
 冷凍庫に入った「さとうのきりもち」を入れる事にする。
 息子は「今年のお餅は冷たいなぁ。月は寒いのかな。」

 ●不思議は暮らしの中にあると思っていた。
 子どもの頃そんな家で成長した。
 
 ファンタジーは遠い別世界ではなく、日常の中からのもの。
 毎日の暮らしの中の不思議をよく見る。目を凝らして見つける。
 人と同じものを見て、不思議を発見する。
 
 金子みすずの 「ふしぎ」の童謡を朗読された。
 
 同じものを見てもその中から何を見つけるか。
 
 ●子どもから教えられた面白い視点。
 次男。
 「よ」を幼稚園の時にどうしても丸い部分を右に、棒の部分が下になるように
 書いてしまう。鏡文字とも違う。なぜかと思ったら。
 次男は「よ」の丸い部分が頭の犬に見えていた。
縦書きだったら地?が右側横になるけれど
 横書きだと、下が地になるので頭が下にすると足がつかないから・・・。
 と思って書いていた。
 
 長男。小学校入学前に学校案内で校長室に行った。
 校長先生の机の後ろのスチールのロッカーを開けたら怒られた。
 どうしてそういう事をしたのか、聞いてみたら校長先生が
 校長室に居なかったのでどこかに入っていると思って探した・・・と。
 
 こんな風に子どもたちが不思議をくれた。
 
 ●富安さんの子どもの頃
 小・中とチビスケだった。高校になって急に年10センチも伸びた。
 制服を3回も作り直したほど。
 小学校の時は給食が苦手。トーストしていないパンに
 和風のおかず???指導も昔は厳しい。辛い給食。
 算数、家庭科も苦手、かけっこもキライ。
 家庭科ではスカートを袋にしてしまった。
 算数はつるかめ算でつまづいた。父から分からない時は図に書けと
 言われシーツの中に入った…箱の中に入った…つるかめを書いたけれど
 余計に分からなくなった。
 
 (そんな風に出来の悪い子だった)けれど、作文だけは好きだった。
 
 著書の「さいでっか見聞録」の中の「学問のすすめ」を読まれる。
 
 ●親が高校卒業のお祝いに高校の時に書いた童話を自費出版してくれた。
 大学で単位が足りなくなった時に、その本を先生に見せたら
 面白いからと福音館に紹介してくれた。
 雑誌「子どもの館」に掲載されることになった。
 その頃で400字詰め1枚で2500円だった。
 長編を書こうと思った。そこで書いたのが「やまんば山のもっこたち」
 
 大学では民間伝承などを勉強していた。
 そこで「やまんばのにしき」のお話を知り、山の上で
 山んばがお産をし、子どもを産んで、子育てをする…不思議な感じがした。
 そこから「山んばかあさん」が生まれた。
 
 今、再話の仕事をしている。元は4,5行のものを15場面にする。
 今度11月に出版される「びんぼうがみとふくのかみ」小学館
 まだ出来上がっていない下刷りのものを読んでくださる。
 (とても面白い!)
 
 ●子どもの本がおもしろい。
 子どもは、真剣に本と付き合う。
 面白い本は何回でも読む。日に10回、20回と読まされる。
 図書館で家にある本を借りる。ある一時期子どもは大好きな本を
 親友と思うらしい。図書館に大親友を発見して連れて帰るぞ!と
 いう気持ち。
 子どもの本の難しい所は、子ども(読者)⇔大人(作り手)
 のギャップが激しい。子どもは大人と全然違う世界に暮らしている。
 
 次男のなりたいもの(幼稚園)「もぐら」
 なぜかというと、お布団に入って寝ているのが好きだから。
 それを聞いた夫はもぐらの生活は考えているよりもっと厳しいものだ
 と説教をしていた。
 卒園後→「ぞう」大きくなりたい願望
 何を食べたら、どうしたら…ぞうになった人知ってる?と聞きまくっていた。
 幼稚園→小学校→中学→高校→大学→ぞう になる人もおるやんな?
 幼稚園の先生に相談すると「ちょうになりたい、さるになりたいという子も
 いました。毎年そんな子たちもちゃんと小学生になりますから大丈夫。」
 長いこと、「輪ゴム」になりたいがトップだったが
 この頃「焼きそば」になりたいというのがあった。
 子どもは無限の世界を持って生まれ、知識と引き換えにしていく。
 
 今の子どもたちがどんな所にいるのかが難しい。自分の小さい時の体験
 感覚、感情を確かめながら書く。
 自分の子どもだった頃のドキドキわくわくに今の子ども達がドキドキわくわく
 してくれるのか?
 子どもたちだけで遊んでいることが無くなった。
 ファンタジーにとってはピンチの時代。
 子どもたちだけで居る時だけに不思議は現れるから。
 
 どれだけ、時代が変わっても共有できることがある。
 と思わせてくれたエピソード。
 幼稚園の息子の友達のぶちゃん、知識がいっぱいあって
 いつも生意気に問題を出してくる、分からないというと
 おばちゃんは作家なのに何にも知らないんだね。と。
 いつか仕返しをしてやろうと思っていたら、その時が来た。
 リモコン式のガレージをみて、どうして今上がったのか?
 というのぶちゃんに「のぶちゃんだけに教えてあげる。
 開けゴマ、閉じろゴマで動く。これはのぶちゃんだけに教える魔法だから
 絶対誰にも言ってはダメだよ。」と。ある日呼び鈴を押さないでのぶちゃんは
 ガレージの前でずっと魔法を試していて、帰ってきた息子に見つけられた。
 「おばちゃん、今日は魔法が壊れとるよ。」
 知識を詰め込んでいる子でも不思議を信じるスペースがあるんだと思った。
 
 出来の悪い子だったので「菜の子先生」シリーズが生まれた。
 2巻目のあとがき 1970年の時の自分へ手紙を読まれる。
 
 ●これからのお仕事。
 「内科・オバケ科ホオズキ医院」新刊が1月
 かっぱの冒険もの(題未定)2月
 「シノダ!」5巻、3月 (角川からコミックも)
 「やまんばあさん」シリーズ 5巻完結 
 やまんばあさんが生まれた時のお話。
 再話シリーズ「ぶんぶくちゃがま」
 
 子どもからできたお話はあるのでしょうか?の質問から
 ●大学では制作を教えている。
 インプット→毎日の日常の中でわくわく(子どもは日々見つけるのが上手い)
 アウトプット→書く
 
 子どもたちのけんかを見ていると突然つき物がついたみたいに
 突然始まる。それから「けんかおに」福音館
 
 「ほこらの神様」偕成社 
 このおはなしの元は、長男が隣の家が取り壊されて「ほこら」を
 もらって来てしまったことから。その時、「ほこら」はお返ししたが、
 長男は残念がっていたので、長男のその思いの為に書いたお話。
 
 

 
 長くなりましたが、お付き合いありがとうございました。
今回も富安さんの富安家のホラ吹き家系における
 豊かなユーモアあふれる生活が物語の泉になっているのが
よくわかりました。
 
 
 
 
 *11月4日(水)*





 





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■まどさん100歳おめでとう

 
 まどさんが100歳になられたと知ってとってもびっくりしてしまった。
 高齢になられているのは知っていたけれど100歳なんて!!
 
 そのまどさんが、NHK週間ブックレビューのインタビューに答えていらして
 またびっくりしてしまった。
 まどさんは 100歳でも まどさんでした。
 
 

 
 11月21日NHK週間ブックレビューのインタビューに答えての、まどさん。
 
 まずは 11月16日にお誕生日を迎えられたという事で花束を渡され、
 石のチョコレートをプレゼントされる。
 
 テレビクルーに囲まれ、「なんか びくっとしますね。たくさんのカメラが
 機関銃のように向けられ。なんとも言えない処女のように恥ずかしがっていますよ。」
 
 ●100歳まで生きるとは・・・
 「長いようであるようでいながら、ついこの間のような、不思議としか言えない
  気がしています。」
 
 ●健康でいらっしゃいますね・・・
  ・哺乳類の肉は食べない、いつからともなく食べないようになってきているので
   ございます。
  ・肉とは言ってもイワシとかサバとかは食べます。(海や川の生き物)
 
 ●長く詩を書いてきてこらてた事は・・・
  自分でも不思議
  黒と赤の日記帳がある
 (二人の自分の意見をそれぞれの日記に分けていらっしゃるようです)
  男ですから 同じものを食べても女の人と食べた方が美味しいような気がします。
  これを赤の方が、そんなバカなことが?!
 
 ●まどさんの詩は天から降りてきたような 自然とかかれたような・・・
  難しい事だったら書く必要ないんじゃないか
  分からない事が多すぎるんじゃないか
  命のことは神様が決めること
  言葉とはなんとか言ってもおもちゃみたいなもので
  ほんとうは何も分かっていない
  難しい言葉が多すぎる
 
  「だがしかし・・・」ほんとうか?おまえの言っていることは?
  ということがいつもつきまとう。
  「それはみせかけだけであって、内心は?」
 
     言葉はどうしても思う事と少しズレてしまう。
 
 ●どんなにささやかでも新発見を書かなくてはならないと、書かれた事がありますが・・・
  自分のインチキをみやぶる事が新発見で私の生きがい
 
 ●戦地でも花、自然、子どもになぐさめられたということですが・・・
  ・南の島の子どもたちに植物の名前を教えてもらった
    ・「ボンガビリアの歌」を 作って歌ったというとインタビュアーに歌ってくださいと
   言われ まどさんはその歌を歌ってくださった。
 
 ●それまでの詩を載せた全詩集を作られるときに戦争協力詩も載せたいと・・・
  誰も死にたくない、ごまかして作った
 
   ●新刊の本のことで、年老いていく現実をユーモラスに表現されて・・・というと
  今おっしゃったとおりですね。
  とそのままであればいいのに、
  だがしかし・・・ほんとうか、おまえの言っていることは?
  だがしかし、それは思いだけであって、みせかけでは
 
 ●絵を描かれていますが、絵と詩とは似ていますか?
  絵といえるようなものはないのですけれど・・・
 
   

 
 
 1月3日(日)NHKスペシャル ふしぎがり〜まど・みちお
                 100歳の詩〜(仮)

 
 が放送されるそうです。
 
 さて、この100歳のまどさんの言葉はまことの詩人だなぁと。
    言葉に対してのまどさんの真摯な態度が
 100歳になっても思春期の少年のようで、
 禅問答の僧侶のようで、純真な少年のようで
 だから詩人なのだなぁと感心してしまうのです。

 そのように言葉を大切に扱っていらっしゃるまどさんのインタビューが
 あまり忠実に出来なかったことをお許しください。。。
 

 
 
 
 *11月26日(木)*





 





 
 ほーむ