2007年 気まぐれ百姓日記
2007年10月30日(火)
読書の秋

ブルーベリーの収穫が終わり、9月に入ってから秋の夜長を読書に耽ることが多くなった。
あまり難しい本やガチガチの古典は途中でいやになってしまうから読まない。インターネットでベストセラーを調べたり、本屋に行くとお勧めのコメントが添えてあったりするのでそれを参考にして選ぶ。もっぱら文庫本だ。読み終わったらまとめてBook−Off行きだ。お金にはならないが、かさばらなくていい。
最近読んだ本は「行きずりの街」、「朱夏」、「犯人に告ぐ」、「探偵ガリレオ」、「予知夢」、「アルキメデスは手を汚さない」などの推理小説。面白くて一気に読んでしまう。その他「対岸の彼女」、「君たちに明日はない」。「クライマーズ・ハイ」は1985年に日航機墜落事故に関する新聞記者の話で朝刊の締め切り時間ぎりぎりまで繰り広げられる駆引きに手に汗を握る。

「象の背中」は余命半年と宣告されたサラリーマンが延命治療を受けずに今までかかわった人を訪ねて遺書を残すという話。今日映画を観てきた。ティッシュとハンカチを用意して行ったが、あまり感動しなかった。想像力が働くのか、本を読んだ時の方が感動した。

2007年10月24日(水)
ミニコーンの収穫

季節外れのトウモロコシを収穫して食べた。
9月の台風9号のときに暴風雨で枝が折れて、全滅かと思われたが復活し、収穫にいたった。しかし季節外れのせいもあってか、枝は細く、収穫されたトウモロコシは8センチ位で普通の3分の1から4分の1の大きさだ。1本の木に2本しか実はならないため、売り物にはならない。大きさが手頃だから1本の木に10本位実るミニコーンのような品種ができれば流行るかも知れないのにと思う。でも実の1粒1粒はしっかりして美味しかった。夏に食べたあの懐かしい味、種類も同じ品種だ。そういえば今年の夏のトウモロコシは上手にでき、評判も良かった。やはり野菜は適切な時期に作るべきだと反省。
刈り取った後にブロッコリーの苗を植えた。

ブルーベリーの木の中で、たくさん実をつけて体力を使ったところへなぜか調子を崩して早めに紅葉している木をがあったので15本ほど植え替えた。木の周りも土が固くなっていたため「こまめ」チャンで耕した。明日はその上を樹皮チップでマルチングしよう。

2007年10月7日(日)
ハゼ釣り

釣り仲間の小林君とミッチャンと朝7時に狩野川へハゼ釣りに出かけた。
8時半に公園の駐車場へ車を置いて、狩野川港大橋まで歩く。右岸の釣り場へ降りると、先月の台風9号の影響で船が打ち上げられたままになったり、すっかり様子が変わって釣る場所が限られている。既に各ポイントには釣人が入っている。支度をして釣り場を探しながら移動する。土手の上を釣の師匠よしのりさんが歩いている。格好が決まっている。
シモリ浮きにアタリがあって手首であわせると、ぶるっぶるっと久しぶりの心地よい感触。最初に釣れたのは12センチ位のハゼ。その後10〜14センチのハゼがぽつぽつ釣れ、全体的に小さい。
同じ場所で釣っているとだんだん型が小さくなりアタリが遠のいていく。ハゼは足で釣れというように場所を変えていくと、場所と時間で入れ食い状態のときがある。
3時に納竿、5時に帰宅。
数えたら59匹、小さいのは放流してくればよかったと、さばくときに思う。
半分は天ぷら用に、残りは南蛮付け用にさばいた。明日はハゼの天ぷらだ。

2007年10月6日(土)
燃える男の赤いトラクター

夏野菜が終わったあとの畑が草だらけになったのでトラクターで耕した。これからは大根、白菜、ブロッコリーなどの秋冬野菜の準備だ。右の写真は最近仲間入りした「こまめ」チャン。狭いところやちょっと耕すのによく使い、活躍している。そのほかにも管理機や消毒などに使う農機具は一通り必要だ。田植機や稲刈機など年に数日しか使わないものはリースや共同購入にすればいいのに。でも同時期に一斉に使うからそれもムリか。メーカーも儲からないし。今は晴れた日には稲刈機の修理の呼び出しで農機具屋は忙しいそうだ。

2007年9月12日(水)
都会の農業

ブルベリーの木が5本枯れていたので植え替えた。全て道路沿いの信号機のある交差点付近の木で、枯れた原因はおそらく街路灯と車のライトによる日照時間の変化によるものだと思われる。
住宅地の真ん中で農業をやるといろいろな障害がある。マンションが隣に建てば冬の日が沈むのが2,3時間も短くなり、マンションの階段や廊下の照明が夜中じゅう点いていて作物に影響しないはずがない。
建物が建っていないずっと以前から農業をやっているのに、次第に住宅に囲まれ、適さない土地になってきている。消毒するのも機械を動かすのも廻りに気を使う。生産緑地の指定はとりあえずの既得権を与えているだけで、あるべき姿ではないと思われる。
市に相談すると、よくある苦情らしく、速やかに街路灯の光の方向を調節してくれた。
そして、少しは遮光できるだろうと防風ネットを二重にした。
写真は近所で見かけた案山子。スズメより人間の視線を浴びている。

2007年9月7日(金)
台風一過

昨日から今朝方にかけて台風9号が通過し、暴風雨によるその爪跡を残した。
朝、田んぼの廻りを散歩すると、あちこちでビニールハウスのビニールが飛ばされている。
わが家でもブルーベリーの木が2本倒れていた。6年生で1.5m位の大きさだが根元からポキリと折れている。倒壊寸前でぐらぐらしているものもある。せっかく植えたトウモロコシも折れていてダメかもしれない。がっかりだ。
天変地変でしようがないことだが、こういうこともあり得ることと準備と承知をしながら、やっていかなければならないと感じた。

2007年8月17日(金)
ジャムづくり


ブルーベリージャム
埼玉と岐阜で最高気温40.9度という猛烈な暑さ。じっとしていても汗が吹き出てくる。ブルーベリーの収穫もそろそろ終わりなので、こんなときにブルーベリージャムを作った。
ブルーベリー1.9キロに砂糖を650g入れ、灰汁を取りながら、吹きこぼれない様に、そして焦げないようにかき混ぜながら30分煮詰めた。まるでサウナに入っているみたいに全身汗だくになりながら我慢。汗が入って塩味が効いているかもしれない。
温かいうちにビンにいっぱい詰めひっくり返しておく。以前はジャムを容器に入れて保存するときはロウを流し込んでいたようだけど、今ではこのようにしている。
パックにつめたジャムはブルーベリー生果実を買っていただいた人に安くゆずっている。
砂糖控えめで無添加のジャムは好評だ。
みなさん、ヨーグルトにかけて食べると美味しい、と言ってくれる。


ブルーベリータルト
2007年7月16日(月)
レアーチーズケーキ

今日は私の54回目のバースデー、偶然にもわが愛犬の「こてつ」も誕生日が一緒で6歳になる。毎朝、散歩の相手をしてくれて感謝している。こてつがいなかったら散歩も続いていないだろう。
退職して2年余りになるが、何とか生活のリズムが安定してきた。

女房がケーキを作ってくれた。レアーチーズケーキにブルーベリーソースをかけ、ブルーベリー生果実と神戸の弟が送ってきたマンゴーを添えた。見事な出来栄えに思わず写真を撮ってしまった。とってもデリシャスだった。わが家のブルーベリーも最高だ。
ブルーベリーソースを作る場合、電子レンジでチンしても簡単に作れるが、ジャムができる直前まで煮込んだ方が皮や種が気にならなく滑らかになっていいような気がする。
ブルーベリー生果実はとかく、より大きなもの、甘いものを好む傾向にあるが、種類によっては小さくても甘いもの、独特の香りのあるもの、程よい酸味のあるものがある。
ケーキには酸味があったほうがケーキが活きる。ってケーキ屋さんに言われたことがある。
なるほどなぁと思った。

2007年7月12日(木)
鳥おどし

ブルーベリー畑には防鳥ネットが張ってあるけれど、スズメはたくさんはいって遊んでいるし、最近ではムクドリが3,4匹はいってブルーベリーを食べている。畑に行ったときは追い出すけれど、人がいなくなると、またはいってくる。どこかに穴があるのか、ネットの網目が大きかった事もあって、入り方を覚えてしまった鳥は、学習能力があって、なんなくはいってしまう。
一度わが家の甘いブルーベリーの味を知ってしまった鳥たちは、何度も食べにくるだろうし、友達を連れて、群れで来られたら、こちらもたまらない。
今まで苦労して育て、やっと収穫を迎えたのに悔やみきれない。
そこで、今日は"鳥おどし"を取り付けた。聞かなくなった古いCDと黒いビニールをヒモで上からつるした。これで大丈夫だろう。
ここのところ梅雨で雨の日が多く、BBの実を採る時間もあまりないが、雨の合間に採っていると雨による割れや落果が目立つ。虫が刺したものもたくさんある。
なかなかうまくいかないものだ。

2007年6月26日(火)
ブルーベリー果実
畑のラビットアイブルーベリーの果実が採れ始めた。果実の予約も入っているが、採れ始めなので予約のほうが多い。
鉢で育てているハイブッシュブルーベリーは、早くから採れ、実が柔らかく香りがあって美味しいが、今のところ畑に植えるのは難しい。
昨日は少し採れたのでブルーベリーソースを作った。砂糖を加えてレンジでチンしただけ。これを煮詰めてレモンを入れればジャムになる。
今朝は、このソースをヨーグルトにかけて食べた。とってもgoodだ。
2007年6月17日(日)
防鳥ネット

そろそろブルーベリーが色付いてきたので、第1フィールドのブルーベリー畑に防鳥ネットを張った。
300m2と広くはないが、一人で張った。風があると作業ができないので朝早くから起きて張ったが、それでもネットが木に引っかかったり、服のボタンに引っかかったり、帽子に引っかかったり、あっちこっちにやたらと引っかかってなかなか作業が進まない。
ブルーベリーの実に引っかかったりすると、はじめのうちは丁寧にはずしていたが、次第に面倒くさくなってネットを強く引っぱってしまう。するとブルーベリーがぼろぼろと落ちてしまう。ああ、もったいない。
3日間かかってやっと張り終わった。ネットが無いとヒヨやムクドリにみんな食べられてしまうので、これで鳥に食べられずに済む。
もう少しで収穫を迎える。楽しみだ。

2007年5月4日(金)
青笹山
青笹山に向うため、安倍街道から有東木へ入り、10時20分に登山口の葵高原に駐車。既に登山者の車で一杯だ。葵高原から青笹山まで20番の標識があり、順に番号を追って登っていく。桧林の急坂を登り、地蔵峠に11時20分到着。今日は山登りをしたこともない女房と娘が一緒のため、ゆっくりペースだ。何とか先導して引っぱっていく。無事下山できるように地蔵に手を合わせる。ここからは稜線を南下。後ろには十枚山、左手には富士山が霞んで見える。背丈以上もあるササの中を歩く。太いブナの木が点在、唐松林の新芽もきれいだ。しばらく緩やかなアップダウンを繰り返すと仏谷山1503m、そこから急に下り12時30分に細島峠。この辺で多くのハイカーたちとすれ違う。また急坂を登り、なだらかな稜線を歩いていくとうつろぎ山、そして、1時30分青笹山1550m到着。山頂は広く見晴らしがいい。雪の南アルプスが良く見える。残念ながら富士山は曇って見えない。今日はポットにお湯を持ってきたのでカップラーメンとおにぎりを食べ、ちょっと一休み。帰りは17番まで戻り、葵高原目指して滑りやすい急坂を下る。広葉樹の新芽が芽吹いている。低木の雑木がないため見通しがよく、岩に苔が生えて日本庭園のようだ。そしてワサビ田が見えてくる。沢の水の音が心地いい。カモシカ避けのネットが張ってある。4時、無事駐車場に到着。
2007年4月30日(月)
竜爪山

今日は竜爪山に登るため朝早く車で出かけた。登山口の駐車場に着いたのは7時20分。すでに5台の車が止めてあった。元気の出る水を飲んで出発。沢の音を聞きながら登っていく。小さな滝が何ヶ所かあって、それぞれ名前がついている。前後に登山者がいて、つかず離れず、ともに登っていく。8時5分に穂積神社に到着。杉の大木がうっそうと茂っていて神秘的だ。神社前広場はトイレやベンチが整備されている。ここの駐車場にも車が何台か止まっていて、ここから登る人も多い。神社を抜け、急坂にかかる。鉄製階段を避け、杉林の中を登るが、途中で合流。鉄パイプの手すりを伝って登る。尾根道に出て南下するとすぐに薬師岳1051m。杉林の中で見通しが悪いので、そのまま進み、少し下ってまた急坂を登ると、視界が開け文珠岳1041m8時50分到着。静岡市街地や清水港、駿河湾、そして富士山が見える。反対側には南アルプスの山々がとてもきれいだ。低山ハイキングと違って充実感があり、空気が澄んでいて、とてもさわやかだ。ゆっくり休んで下り、駐車場に戻ったのは11時30分。登山者の車が道路にあふれていた。毎日見ている山で、子供のころから何回か登ったことのある山だが、今回は改めてその魅力を再発見した。

2007年4月29日(日)
富幕山

愛知県境にある富幕山に出かけた。
8時50分に三ケ日で東名バスを降り、みかん畑の中の舗装道路を歩く。ここは三ケ日みかんで有名、みかんの花は蕾だ。只木遺跡の先のハイキングコース入口から入ると針葉樹と雑木が混じった林の中を頂上付近まで歩く。立ち止まるとやぶ蚊がまとわりついてくるのにはマイッタ。10時30分に山頂563mに到着。目の前に浜名湖が広がっている。アクトタワーが霞んで見える。頂上は広く、東屋やベンチでお弁当を広げている夫婦や家族連れで賑わっている。時間が早いので小休止して風越峠に向かう。雑木林の尾根道を下り、そしてまた急な杉林を登ると視界が開け、12時30分に尉ケ峰433mにつく。夫婦や家族連れが7、8組。賑わっている割に途中でハイカーと会わないし、車ですぐ近くまで登ってくるのだろう。ヨチヨチ歩きの子や犬までもつれている。浜名湖を見下ろしながらおにぎりを食べる。ゴールデンウィークのため東名高速道路も渋滞しているのが見える。休憩して細江コースを下る。なだらかな雑木林の尾根道を下っていく。快適なハイキングコースだ。細江公園に2時30分に到着。しばらく歩いてバスに乗り、JR浜松駅から電車に乗って帰路に着く。

2007年4月27日(金)
武田軍×徳川軍
掛川市の高天神城址に車で出かけた。
遠州地方には武田軍と徳川軍が戦ったという城跡がたくさんある。中でも高天神を制するものは遠州を制するというくらい高天神城は要所であり、したがって攻防も激しかった。武田信玄は2万の兵をもって攻めるが
徳川家に属していた小笠原城主はこれを撃退。難攻不落の城としてその名を高める。3年後、息子の武田勝頼が来攻。小笠原氏は籠城するもついには力尽きて開城。翌年には長篠の戦いに大敗した勝頼は、高天神を最後の砦として城の防御を強化。これに対し、家康は周囲に六つの砦を築き、兵糧攻めにより高天神城を7年ぶりに武田軍から奪還。小高い丘の上にはその面影が残っている。
次に小笠山に登った。といっても駐車場まで車で登り、階段を上るとすぐに小笠神社。ここからは高天神山や遠州灘が見える。社務所の横を抜けると、「笹峰御殿跡」があり、ここで家康は高天神城や掛川城への攻撃の陣頭指揮を執っていた。途中に東屋があり、掛川市街、掛川城が見える。尾根伝いにウバメガシの林を緩やかに登ると、264mの山頂。
ハイキングコースとして整備はされただろうが管理が不十分で、東屋やベンチは朽ち、わき道へは入れず、危険で通行止めのところもある。でも、紅葉の季節はいいかもしれない。
2007年4月21日(土)
ビク石

畑をひと回りしてから、ビク石(石谷山)に向かった。
「玉露の里」道の駅に車を置いて、朝比奈川沿いに歩き、榎橋を渡って20分ほど歩くと、麓の駐車場だ。さらに車道を登っていくと「
笹川八十八石」が始まる。
大きな石がゴロゴロしている沢沿いを登っていく。その石には名前がつけられ、こうもり石、のぞき石、恐竜石、なめくじ石、らくだ石、めがね石など。それらしくはとても見えないが、飽きない。沢を流れる水の音やウグイスの鳴声が耳に心地いい。
腰叩き石を最後に、急坂な竹林に入る。尾根からは杉林となり、滑りやすい落ち葉の上を歩く。富士見地蔵を過ぎるとまもなく山頂。山頂にはさらに巨大な岩石群に驚く。
眼下には新緑の山に囲まれた山里が見える。残念ながら富士山は雲に隠れて見えない。
反対側の瀬戸川方面から登ってきた浜松の女性の写真を撮ってあげる。
雨が降りそうなので休憩もそこそこに下山し、途中、不動男女の滝でマイナスイオンを浴び、2時間半(13,000歩)の行程を終えて道の駅に戻る。
道の駅で茹でた筍と手作り蒟蒻を買って家路に着く。

2007年4月20日(金)
林住期

眼科で眼底検査をしてきたのでパソコンの画面がまぶしい。月曜日には歯医者と総合病院で定期健診に行ってきた。50を過ぎるとあっちこっちにガタが来て、保守点検とメンテナンスが必要になってくる。
五木寛之の「林住期」を読んだ。
昔は「人生50年」と言われたが、今では100歳まで生きるのも夢ではなくなってきている。人間の体は50年間はとりあえず、まともに動くように作られている。50歳を迎えたら、耐用期限を過ぎた心身をいたわりつつ、楽しんで暮らす。それが理想だ。
人生を四つの時期に分けて考え、50歳から75歳までの「林住期」は、社会人としての勤めを終えたあと、すべての人が迎えるもっとも輝かしい「第三の人生」のことである。人生の後半のオマケではない。峠を越した下り坂でもない。人生のクライマックスを、50歳からにおく。「黄金の林住期」の始まりである。その「林住期」を、より良く生きるために、これまで学び、働き、社会に奉仕してきた林住期のための長い助走の期間である。・・・「林住期」より
私にとっても理想の生きかただ。

2007年4月15日(日)
浜石岳

桜えびで有名なJR由比駅で、9時に万歩計をリセットし、浜石岳707mに向かった。
市街地を抜け、みかん畑を上っていく。右手には富士山、振り向けば駿河湾だ。途中から杉、ヒノキの人工林の中を通り、青少年野外センターへ10時10分(7700歩)に到着。
舗装された車道を歩いたので足の裏が痛い。それに登りのほとんどを車道を歩いてはつまらない。逆のルートにすればよかったか。そこからは山道を頂上までわずか30分(9800歩)。頂上は広く、見晴らしがいい。少し霞んでいるが、富士山が目の前に見え、駿河湾が眼下一帯に、遠く伊豆半島の山々も見える。絶景だ。
20分ほど一服して、尾根伝いにさった峠に向かう。アップダウンが少なく緩やかな下り坂が続く。林の中で見晴らしは良くないが、道標はしっかりある。落ち葉の道は弾力があって足に心地よく快適だ。途中休憩するところもなく一気にさった峠に13時(22900歩)到着。
さった峠の絶景ポイントは大勢の人で賑わっていた。周辺は枇杷畑で
小さな実に袋をかけていた。ここは枇杷でも有名だ。昼食をとって興津駅へ。
JR興津駅13時45分(26500歩)到着。

2007年4月14日(土)
安倍城跡
今日は雨上がりだったが、天気が良かったので安倍城跡に向かった。
羽鳥の洞慶院からのコースや西ヶ谷運動場からのコースが一般的だが、千代みどりの森から登った。ここは静岡市の林業振興の施設でハイキングコースも整備されている。
この千代山226mの頂上らしきところから尾根を伝って歩くつもりが、標識がないため、道を間違えて建穂神社の方へ下りてしまった。
足元の悪い急な坂を滑るように下り、途中で気がついて、別の道を登り再び尾根に出た。
ハイカー達が印したと思われる小枝に取り付けたビニールテープに気づき、これを目印に、鬱蒼とした杉、ヒノキ林、竹林、雑木林の中をひたすら歩く。
木漏れ日の中を、森林浴という感じだ。
外界は全く見えず、他のハイカーとも出会わないので、自然と足を速める。
洞慶院からの合流点から急坂を登り、安倍城跡の碑がある頂上435mへ。
1時間50分かかった。遠く清水港まで見える景色を眺めながら一服。
帰りは1時間10分かかって同じ道を戻った。
2007年4月8日(日)
霊山寺

投票を早めに済ませ、一本松公園に向かった。麓の公民館に自転車を置き、舗装した林道を登ると梶原景時親子最後の地である梶原山公園(279m)だ。そして茶畑の中を歩き一本松公園(304m)へ。両公園とも東屋やベンチなどきれいに整備され、静岡、清水の市街地や清水港そして富士山、とても見晴らしがいい。一本松公園から反対側に少し下ると霊山寺がある。昔から北街道の車窓から山の中腹に見える寺が気にはなっていた。この寺は行基により開山され、茅葺屋根の仁王門は国の重要文化財に指定されている。市街地が見下ろせる本堂には行基自作による千手観音が納められていて、大内地区にあることから「大内観音さん」「オーチカンノン」として親しまれている。境内の木の枝には俳句が書かれた短冊が吊るされている。親しみのある、心が落ち着くお寺だった。

2007年4月6日(金)
賤機山ハイキングコース
浅間山へ行った。懐かしかった。入院しているときに病院を抜け出してよく浅間山に登った。ちょうど桜の季節で、3月に入院し退院するときには桜は散っていた。満開の時にはとてもきれいで、その樹間から市内を見下ろしていた。桜の蜜を吸いにメジロがたくさん来ていて鳴いていたのを思い出す。今日はもう桜はほとんど散っていた。そのまま尾根伝いに賤機山ハイキングコースを北上した。左は安倍川、右側は市街地、谷津山、日本平、遠く駿河湾まで見える。適度な登り降りを繰り返し、途中茶畑やみかん畑の中を歩く。工事中の新東名や流通センター通りからの取付道路や麻機遊水地が見える。市街化が進み、麻機から竜南にかけて田んぼがわずかに残っている。
鯨ヶ池へ降りてバスで浅間神社まで戻った。
2007年4月5日(木)
焼津アルプス

焼津アルプスに挑戦。花沢の里の駐車場に車を置いて、花沢の里を散策し、日本坂を経由して花沢山(450m)まで一気に登る。今日は天気もよく風がさわやかだ。調子が出てきたところで、再び日本坂まで下り、茶畑を通って満観峰(470m)に到着。頂上は東屋やテーブルなど整備され、広々として見晴らしがいい。焼津の市街地や焼津港、駿河湾、静岡市街地、日本平360度のパノラマだ。富士山が雲に隠れて、見えないのが残念だ。昼食をとって、高草山(501m)へ向かう。茶畑の中を歩くが、茶の木が背丈以上もある。手入れがされていないので荒れ放題。農家も高齢化が進み、後継ぎもいないんだろう。他人事ながら気になってしまう。鞍掛峠を過ぎ、急な坂を登りきって高草山山頂へ。そして案内板をたどりながら下山。高草川の桜並木を歩きながら駐車場に戻った。

2007年4月1日(日)
小夜の中山

島田宿から大井川を渡り、金谷坂石畳、小夜の中山、火剣山、牧の原と歩いた。今日は暖かく、というより暑くて汗をかいた。静岡では30度を超え全国一の暑さ。風も強く黄砂がまい、遠くがかすんで見えた。大井川堤や火剣山では桜が満開で桜まつりをやっている。桜の下は宴会場だ。途中牧の原台地は一面お茶畑でこの暑さでお茶の芽も出始めた。寒の戻りで遅霜がなければいいが。
江戸時代に幕府の命により「滑り止め」として山石を敷き詰めたのが始まりで、金谷坂石畳は平成3年に町民の「一人一石運動」により、菊川坂石畳は平成13年に復元された。しかし、歩きにくい。
金谷宿も島田宿も大井川の川止めの時にはさぞかし賑わっただろう。

2007年3月24日(土)
沼津アルプス

夕方から天気が崩れるということで朝早く6時に家を出て、沼津アルプスに向かった。JR沼津駅からバスで多比まで行き、8時10分に登山口に入った。アルプスといっても大平山356m、鷲頭山392m、徳倉山256m、横山183mそして香貫山193mと低い山が連なっていてこれらの稜線を歩く。ところがこれが侮れない。アップダウンが激しく、登りも急な坂が続き一気には登れない。下りもロープを伝って降りなければならないほど急だ。各頂上の看板が見えたときにはホッとする。頂上の見晴らしは良く、西側は静浦湾、東側は長岡の街が見える。そして富士山が見えるはずが、今日は曇っていて見えない。登山家の間では穴場として知られているらしく、そのようなスタイルの人たちとよくすれ違った。最後の香貫山まで4時間かかり、昼食をとって、JR沼津駅まで歩き電車で帰路についた。

2007年3月22日(木)
谷津山ウォーキング

愛宕神社から谷津山の尾根を清水公園まで歩いた。
何十年ぶりかで歩いたけど、竹林が生い茂り、つたに覆われ、子供のころにみかん切りをした山とは一変している。
途中、3箇所ほど展望広場が整備され、そこからは市街地がよく見える。桜は予想を大きく外れ、まだつぼみのままだ。桜が咲いたらおにぎりを持ってまた来よう。
家まで戻って約2時間、近場で適度なウォーキングコースだった。
写真は京都の清水寺に倣って作られた清水の舞台。

2007年3月18日(日)
智満寺

JR島田駅から千葉山智満寺まで歩いた。
智満寺は、天台宗の古刹として奈良時代末に広智菩薩が開山したと言われ、今川氏など名門武将が手厚く信仰したお寺。茅葺の入母屋の屋根で現存する建物は、家康の仏恩報謝により再建したものらしい。
茅葺と古びた様子が歴史を感じさせた。
今日はよく晴れ、ウォーキング日和だった。桜の開花予測がはずれ、桜はどこも咲いていなかったが、のどかで春の気配を感じた。
さすがに20キロ歩いて疲れた。

2007年3月4日(日)
掛川路

今日は最高気温が20度もあって非常に暖かかった。掛川市内を歩いたが歩き始めてすぐに汗が出た。菜の花が咲き、雲雀がさえずるのどかな田園や秋葉路の新興住宅地や掛川城周辺の整備された街並みを歩いた。

2007年2月26日(月)
梅まつり

今日はJR富士駅から岩本山を歩いた。岩本山では「梅まつり」をやっていて大勢の人でにぎわっていた。たくさんの出店が出たり、ステージでは日本舞踊やカラオケなどをやっていた。花見で一杯をやっている人もいれば、お弁当を広げている人たちも多い。梅は八分咲きくらい、富士山も間近に見えてとてもきれいだ。今日は寒かったけれども、その分富士山もきれいに見えた。私も富士山を観ながらおにぎりを食べた。

2007年1月28日(日)
藤枝七福神巡り

藤枝歩こう会主催の「招運の藤枝七福神コース19km」に参加した。
毘沙門天、恵比寿天、布袋など七福神が祀られているお寺を巡るコースです。写真は、四国八十八箇所巡りのように、手ぬぐいに各お寺で御朱印をもらうものですが、そのことを途中で知ったため2箇所しか印をもらわなかった。また来て完成させようと思う。
途中蓮華寺公園を通ったが今は殺風景だ。桜の季節はさぞかしきれいだろう。
ゴールは瀬戸谷温泉。一風呂浴びて、バスで藤枝駅へ。
風呂に入ったせいもあってか、家に着いたらぐったりだった。

2007年1月14日(日)
ウォーキング

「100キロウォーカーキャンペーン」・日本平16キロコースに参加した。
朝9時に草薙駅を出発し、草薙神社を経て、日本平頂上に到着。
頂上で富士山を観ながら食べたおにぎりはとてもおいしかった。
わが家からでも富士山の頂上が見えるけれども、清水港や駿河湾が見え、ここから見える富士山は絶景だ。
「あーたまをくーもーのうーえにだーしー」とはよく言ったものだ。
童謡「赤い靴」の親子の像がここにもあった。
帰りは平沢観音に寄って県立草薙運動場で解散だが、その勢いで5キロ程わが家まで歩いて午後3時に帰宅。
天気が良く、風もなくウォーキング日和だった。また参加してみたい。

diary