「さらば、貴陽!」おまけB











楸瑛は今日分のしごきを終えて回廊を渡っていたが、そこに場違いな文官姿を見付けて声を掛けた。
「こーゆー?」
「っ楸瑛!?」
声を掛けられた絳攸は驚いて、立ち止まった。
「また迷ったの?」
「違うわ!!!」
お決まりの文句を言えば、即座に否定してくる。
「そう?でもこのまま進んでも羽林軍宿舎しかないよ?」
「…ぐ、軍設備の改修工事の予算案があって、それで…!」
「そういうことにしておこうか」
笑って言えば、「煩いっ!!」と怒鳴られた。
そんな言い訳さえ微笑ましくて思っているのだが、相手にとっては癇に障るだけらしい。


「やっと仕事も一段落ついたね」
それとなく絳攸の本来の目的地に案内しながら、楸瑛はしみじみと言った。
「…まぁ海ではなくなったな」
書簡の山が五・六個といったところだろうか。
「お前も大将軍から解放されたのか?」
「今日のところは、ね」
げっそりと楸瑛は答えた。貴陽に帰ってからというもの、毎日手合わせという名のしごきに合っているのだ。王の執務の手伝いに加えて、大将軍の仕打ちは鬼としか思えなかった。自分は本当に帰ってきて良かったのだろうかと、僅かに思った。
あと、敵に回すと厄介な人物から睨まれていることも精神的にキツイ。帰ってきて早々、「今度アレに何かしてみろ、貴様ら一族皆殺しにしてくれるわ」と忠告を頂いた。彼は間違いなく本気だ。


楸瑛の心中とは裏腹に、穏やかな日差しが回廊に差し込んでいた。すっかり春の陽気である。中庭からは鳥のさえずりが聴こえる。
「のどかだねぇ」
「ああ、お前の頭程ではないがな」
相変わらずの言い方に、くすりと笑いが漏れる。
「ねぇ、絳攸」
「…何だ」
「何も変わっていないのかなぁ」
「何が変わるというんだ」
判っているのかいないのか。楸瑛は笑みを更に深くした。
「ま、いいんだけどね。それより今夜一杯どうだい?」
何気なく聞いたつもりだったが、思い切り睨み付けられた。
「…ごめん」
苦笑いで謝る。
「いいんだ。今夜じゃなくてもいい。明日だって、明後日だって、いつだっていい」
その約束はいつだって叶う。もちろん、手を離してしまったら簡単に失われてしまうものだけど。自分はもう離したりはしない。離さない為の努力をしよう。
絳攸はしばらく黙った後、面白くなさそうな顔で呟いた。
「…桜が咲いたら」
「え?」
「桜が咲いたら、付き合ってやってもいい。主上と」
意外な返答に楸瑛は目を丸くする。
そして絳攸の言葉を理解すると、心から微笑んだ。
今回の件で誰より頑張った彼への絳攸の優しさが嬉しく、誇らしかった。
王のすごく喜ぶ顔が目に浮かぶ。
「…うん。桜が咲いたら、主上と三人で花見酒でも飲もうか」



昨日と今日が違うように、明日もまた違う一日が訪れる。
何も変わっていないようで、変化は静かに訪れる。
桜の花がそっと綻ぶように。



日々はこんなにも美しい。












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後日談・双花編。一見何も変わっていないようで何にも変わってない訳じゃないんだよ、たぶんって話。(←どんなんよ)日常を愛しく感じれるだけでも十分な変化だと思います。
こんなおまけまで読んでくださって本当に有難う御座いました!
07/4/10収納

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