月光浴











それは実に月の綺麗な晩だった。
紅家の邸でいつもの如く夕食会が開かれた後、楸瑛と絳攸は藍家の邸で月見酒を飲むことに決めた。

特に何を話すでもなく、静かに月を愛でながら杯を傾ける。
楸瑛はただそれだけのことが、とても心地良いと感じていた。極自然に在る隣の存在が心地良かった。
月の光が庭院に降り注ぐ。
楸瑛は隣で杯に口を付けている自称親友をそっと見やった。
太陽の下できらきらと光を撥ね返すその色素の薄い髪は、月光に照らされて尚輝いていた。その色は、銀糸に一滴の空の雫を垂らしたような色だった。
月のようだと思った。
また、彼自身も月のようだと思った。
人を寄せ付けないような冷たさを持っているのに、時に暖かく様々な姿を見せる。

「君はまるで月だね」
そう言葉に乗せてその髪にそっと手を伸ばせば、届く前に払い落とされる。
「だとしたら、手を伸ばしたところで届かないな」
絳攸の言葉に楸瑛は「…それはどうかな」と呟き、立ち上がると庭院に降りて歩き出した。呆気にとられていた絳攸だったが、流石に池にまで入られては焦る。
「おい!楸瑛っ」
絳攸が池の淵まで寄ると、楸瑛は膝上まで水に浸かったまま振り返った。

「捕まえた」

そう言って見せたのは―――月だった。
手の平の上でゆらゆらと揺れる、水面に浮かんだ月。

思わず息を呑んだ絳攸は次の瞬間、楸瑛に腕を引っ張られていた。
盛大な水音と共に、絳攸は池の中へと落ちた。その体を受け止めながら、楸瑛は笑う。

「ほら、捕まえたよ」

「お前は馬鹿かっ!?濡鼠じゃないか!!」
飛沫で頭から水を被った絳攸は一拍後に、怒鳴る。
「水も滴るいい男ってね」
雨なら兎も角、池の水を被りながら阿呆な台詞を吐く男の腕から逃れようと、絳攸は足掻く。
楸瑛は絳攸を逃がさないよう腕の力を強めながら。けれども、そっと囁いた。
「もう少しこのままで…」
その響きが妙に殊勝で、絳攸は抵抗を止めた。
だがそのまま大人しくしているのも癪で、濡れて更に艶めく黒髪に指を絡めて引っ張った。
「痛いなぁ」とどこか暢気な声を頭上に聞きながら、絳攸はその藍色の衣に顔を押し付けた。しっとりとした衣の感触と暖かな体温を瞼に感じた。髪から垂れた雫が頬を伝う。

後は屹度、自分が認めるだけなのだろう。
けれども。
叶うなら…もう少しこのままで。












*************

相変わらず絳攸が大好きな楸瑛。
楸瑛の気持ちにも自分の気持ちにも気付きつつ、それでも腐れ縁のままで居たい絳攸。
偶にはこんな双花も。
元ネタは柴田淳の同タイトル曲から。
07/10/8 収納

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