それはまだ先の話











藍楸瑛は武官には似つかわしくない、優雅な足取りで廊下を渡っていた。
けれど、その優雅な足取りとは裏腹にその心は苦い思いが在った。
新しい王の御世になってからの左羽林軍将軍の初仕事が、王の捜索とは。
何と言うか…情けない。ま、戦争がしたい訳ではないので平和といえば平和か。
そう思ったところで、王が政に参加しないのに平和だとは何とも可笑しな気がした。
現王の名は紫劉輝。自分より年下の十九歳だ。
第六公子からの棚ボタ即位だった為、自分とのこれまでの面識はない。
お陰で彼がどこに居るかさっぱり検討が付かない。
これが絳攸だったら…。
いつも迷子になる彼のことを思い出す。彼以外を探して歩くなんて初めてだということに気付き、くすりと笑う。

何となく訪れた府庫に探し人は居た。
面識が無くとも王宮で官服でもない上等の衣を着崩して、ふらふら府庫で書物を読んで居れる人物など限られる。
やはり自分はこういった探し物は得意だ。
「探しましたよ」
声を掛けると、虚ろな瞳が自分を捉える。
「…そなたは」
「お初にお目にかかります。藍楸瑛と申します」
「藍家の…」
「ええ、藍家の、です」
にこりと型通りの笑みを見せたが、自分は決して彼に対して跪かなかった。
彼がその意味を理解したかどうかは、まだ判断出来ない。
「霄太師が探しておりますよ」
そう言うと、彼はちっと嫌そうな顔をした。
「これも仕事ですからね。力ずくでも来て頂きます」
有無を言わせないその態度に逃走は諦めたのだろう、のろのろと立ち上がる。
そして、彼はふと窓の外を見やって何とは無しに呟いた。
「…あの者はさっきから同じところをぐるぐる回っているのだ」
つられて府庫の窓から回廊を見やると、確かに見覚えのある人物の姿が在った。
「ああ、絳攸ですか」
また迷っていると察しが付いたが、目の前の彼にそれを言う必要もないので適当に濁す。
「まぁ、何というか彼の癖でして」
「李絳攸か。紅家の養い子の」
「紅姓は名乗っていませんがね」
「吏部侍郎に就任したと聞いた」
政に興味は無くとも、そういう情報は知っているのかと変に感心する。
「そうですね、それだけの才が有りますから」
「随分と詳しいのだな」
「ええ、親友なので。尤も彼が言うには腐れ縁というのだそうですがね」
「くされえん?」
聞き慣れない言葉だったのだろう。鸚鵡返しに聞き返す。
「一生離れられない間柄のことですよ」
「ふーん」
さして興味もなさそうに呟き、ほとほとと歩き出した王を見て、楸瑛は僅かに驚いた。
話している最中も思ったが、この王は…。
面白いとは思ったが、彼がこのままならそれまでの話である。
一度、絶賛迷子中の親友に目を向け、王を送り届けたら助けに行ってあげようと決めて、楸瑛は劉輝に続いて府庫を後にした。

藍楸瑛と李絳攸が紫劉輝から紫の花菖蒲を下賜されるのは、まだ先の話。












*************

まだ秀麗が後宮入りする前の話。1巻で既に楸瑛は劉輝と会ったことがあった様なので、そこから妄想してみました。
07/8/6 収納

戻る