それでも夫婦
「奥様はどうして黎深様と結婚なさったのですか?」
「え?」
養い子とお茶を飲んでいた百合は、その言葉に目を丸くした。絳攸がこんなことを聞いてくるなんて…初めてである。
まじまじ、対面に座した絳攸の顔を見詰めていると
「あ、いえ…すみません。忘れて下さい」
聞いてはいけないことだった、というように慌てて目を伏せ、謝ってくる。
そんな様子に思わず笑みが零れる。
「ふふ、いいのよ」
百合は気にした風もなく、優雅な所作で再び茶を口に含んだ。
その様子を見た絳攸は密かに安堵する。変なことを聞いて百合の気分を害したくない。拾われてから一度も奥様が自分に冷たく当たったことなどないのだが、それでも、その…お二人にはお二人の事情があるわけで。
確かに黎深様は仕事も(やる気を出せば)できるし、天つ才を持つ尊敬できる方だとは思うが…一人の人間としてはちょっと…アレである。
心から敬愛しているが…自分がもし…恐ろしい仮定だが、もし女だったら…絶対結婚はしたくない。
先程も「秀麗が私のところに嫁に…」とかなんとか恐ろしいことを口走っておられた…。だから、常々不思議だったことが思わず口に出てしまったわけだが。
大体このどこからどう見ても貴族の貴婦人といった様相の百合様が、他に嫁の貰い手がなかったわけがない。まぁ実際、白家の直系の血筋らしいので当主の血統に拘った玖琅様にも認められたのだとかいう話を聞いた気がする。
「そうね…なんで結婚したのかしら」
自分でもわからない、という響きが思わず零れた。
全く持って不思議である。あんな兄&姪馬鹿のどこがよくて結婚したのか。
大体結婚なんてするつもりもなかったのだ。一生独りでいるつもりだった。降る様な縁談話を切り捨ててきた。たった一人…ほんの少しだけ心が揺れた人がいたけれど。酷い振り方をした。一番傷つける言葉を態と選んだ。
あの男はそんなところが気に入った、と言った。
『お前を妻にもらってやってもいい』
なんて男だろう。
高飛車で厚顔不遜な求婚だった。
呆れた。呆れて呆れて…今までの意地がどこかへ吹っ飛んでしまった。
『そうね、貴方をわたくしの夫にして差し上げてもよろしくってよ』
急に考え込んでしまった百合に心配になった絳攸は声を掛ける。
「あの…奥様?」
「…あんな夫だけれど…そこそこは好きだわ」
「そこそこ………ですか…」
何とも言えないといった顔の養い子に、百合は少女の様に笑った。
「ええ、そこそこ」
好きなのはそこそこだけど、感謝はしきれないくらいしている。それを言葉には出さないけれど。
わたくしに素敵な家族をありがとう、夫君。
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…かなりの捏造でスミマセン。家柄とかも捏造。当サイトにおける百合姫はこんなんです。
07/3/18 収納