本当はついていきたかった
だって、ずっと欲しかったの
あの人の優しい手
でも
だからこそ、ここに残ることを決めたの
彼を守るために
ずっと待ってる
どうしてこんなことになったのだろう。
あたしは、ただアスランにかけられた疑惑を解きたくて、彼に会いにいった。
それなのに
あたしは、彼に手を引かれて雨の中、非常階段を駆け下りている。
どうして?
アスランに問い掛けたが
「このままでは、俺たちは殺される!だから一緒に逃げるんだ!」
としか、答えてくれなかった。
恐くなって、彼の手を振り解こうとしたけど、手の力が強くてできなかった。
こんな時なのに、
やっぱり男の人なんだなぁ、と思った。
本当はあたしを振り払うだけの力があるのに、
いつもあたしに付き合ってくれた。
それが彼の優しさなのだと、思い至った。
だから
彼に従うことにした。
あたしの頭では何が起こっているのか、いまいち把握することができないけれど
アスランを信じていれば、大丈夫。
そう思わせるだけの力が、握った手に伝わっていた。
保安部の兵士から逃れ、ある建物の中に入った。
あたしには、ここが何の建物かさえわからない。
いつも議長の後をついているだけで、周りの建物に気を配ったことがなかった。
いまも、アスランに手を引かれて、置いて行かれないように走るだけ。
アスランが一つの部屋のドアを開け、中に入った。
あたしもそれに従う。
そこはあたしとそう、年も変わらない少女の部屋だった。
あたし達の姿を見て、悲鳴をあげそうになる。
急いでアスランがその口を手で抑える。
「静かに!騒がないで。外に出たいだけなんだ」
「…アスランさん?ラクス様も」
どうやら少女とアスランは知り合いのようだ。
彼女にしてみたら、
アスラン・ザラとラクス・クラインがびしょ濡れでいきなり部屋に押しかけたのだ。
驚くのは同然だ。
でも今は悠長に説明している場合でない。
あたし達のただならぬ様子に
「追われているんですか?」と問い掛けてくる。
どうやら頭のいい子みたい。
質問に答える間もなく、ドアの外からノックとともに、保安部の声がした。
あたしがどうしていいかわからずアスランを振り返ると、
アスランは窓ガラスの方に視線を移した。
その時
部屋の主がものすごい勢いであたし達をひっぱって、バスルームへ連れこんだ。
なにこの子!?
少女はいきなり制服を脱ぎ出した。
「あなた、何考えてるの!?」
アスランも完全に面食らっている。
髪をぬらして、バスタオルを身につけた彼女はいきおいよく飛び出していった。
彼女の意図に気付いたあたしたちは、バスルームで息をひそめていた。
それにしても、すごい子ね。
あたしも、よく大胆って言われたけどそれ以上よ。
驚きとともに、悟る。
きっと
あの子もアスランのことが好きなのね。
なんとか保安要員をまくことができたけど、基地から逃げる足がない。
すると、メイリンと呼ばれた少女が、格納庫まで車を出してくれるという。
すごく助かるし、ありがたかったけど
少しだけ
悲しかった。
管制員であるメイリンはアスランのためにできることがある。
管制員でもなければ、本物の婚約者でもないあたしは
アスランに必要なのかしら。
足手まといになっていない…?
格納庫につくとモビルスーツが佇んでいた。
「さあ、行ってください」
「でも…君」
メイリンの言葉にアスランが少し戸惑う。
確かに、このままこの子を置いて行っていいのかしら。
「大丈夫です」
あたし達の心配を振り払うように、彼女は強く答える。
「ありがとう」
アスランはメイリンにお礼を言って
「さ、ミーア」
とあたしに手を差し出す。
あたしは、その手をしっかりと取る。
アスランがラクスではなくミーアと言ったことに
不思議そうな顔をしているメイリンにお礼を言おうと口を開いた時、
銃声が格納庫に響き渡った。
「また、逃げるんですかあなたは!!」
あのレイって子だ。
ひとまずはアスランがレイを撃退することができたけど
すぐに応援を呼ばれてしまう。
メイリンの姿もしっかり見られているし、このままじゃ彼女は…
アスランを見ると、同じことを考えたんだろう。
すごく焦った顔をしている。
メイリンも連れて逃げるとすると、コックピットには3人。
コンサート用のザクを見たことがあるけど、
コックピットはそんなに広くできていない。
しかも、これから戦わなければいけないかもしれないのに
パイロットの身動きができなくては、みんな殺されてしまう。
だったら…
「あたしはここに残ります!2人は早くいって!!」
あたしの言葉にアスランだけでなく、メイリンもあたしの顔を凝視する。
「あたしは大丈夫。あたしにはまだラクスとしての利用価値がある」
嫌よ。大丈夫なんかじゃない。置いていかないで。
「ミーア!だが…!」
本当は恐くてたまらないの。
一人置いていかれたくないの。
やっと彼があたしに差し出してくれた手を離したくない。
心の中ではそう叫びながら、あたしは言うの。
だって彼女ならきっと、こうする。こう言う。
「早くお行きなさい、アスラン・ザラ!」
一瞬泣きそうに、顔をゆがめたアスランだったけど
すぐに力強くうなずいて、メイリンの手を取った。
最後にあたしに向かって
「ミーア、必ず助けにくるから」
と言い残して、モビルスーツに乗り込んでいった。
返事はできなかった。
モビルスーツが飛び立っていったのを確認して、格納庫を後にした。
すぐに保安要員に身柄を保護された。
涙をどういう意味でとったのか、優しく話してくる。
「ラクス様、お怪我はございませんか?」
「ええ」
「議長が執務室でお話を伺いたいと仰っていますが」
顔をあげ、彼女らしく答える。
「ええ、すぐに参りますわ」
アスランはきっと
あたしが足手まといになるとか、そんなこと全然考えてなかった。
一人で逃げた方がいいに決まってるのに、
それでも、あたしに手を差し伸べてくれた。
同情だったのかもしれない。
それでもいい。
愛情じゃなくていい。
ただ、うれしかったから。
アスラン
待っているね
あたしは、ここで。
ラクス・クラインとして、みんなを欺きながら
あなたが来るのを
ずっと、待ってる。