守りたいのは温かくて優しい笑顔
ミネルバがディオキアに入港すると
そこでは、ラクス・クラインの慰問コンサートが開かれていた。
オーブ育ちの俺は
その時初めて、プラントの歌姫ラクス・クラインを目の当たりにした。
以前から、友達のヨウランやヴィーノがファンだったし、ルナからも話は聞いていた。
アスラン・ザラの婚約者ということも。
コンサートが終わって、議長に呼ばれていた俺は
ヨウランとヴィーノに呼び止められた。
「はあ?ラクス・クラインのサイン?!」
「な!頼むよ、シン!!」
「なんで俺が?!」
「だってお前、議長に呼ばれてるんだろ?だったら、会えるかもしんねーじゃん!」
「何言ってんだよ、二人して!そんなのザラ隊長に頼めばいいだろ!あの人婚約者なんだし」
「まぁ、そーだけどよー」「だったらお前から頼んでくれよ」
「は!?」
「友達の頼みくらい、きいてくれよ、な?」「じゃ、俺達仕事残ってるから、頼むな」
「おい!」
冗談じゃない。
なんで俺がそんなことしなきゃいけないんだ。
ラクス・クラインのサインだなんて…
ましてや、それを彼女の婚約者に頼むなんてできるわけない。
ただでさえ、アスランには頼みごとなんてしたくないのに。
結局、コンサートから戻ってきたラクス・クラインには会うことはできたが、
サインなんて頼める状況ではなく
(アスランだけでなく、艦長や議長までいたのだ)
ラクスはアスラン、議長と連れ立ってどこかへ行ってしまった。
もう会うこともないかもしれないし、
二人にサインのことは諦めてもらうしかない、と思っていたのに。
翌日、朝からアスランにべったり寄り添うラクスを見てしまった。
昨日から見る限り、ラクスは本当にアスランにべったりだ。
アスランはといえば、照れているのか、周りの目を気にしているのか、落ち着きがない。
ラクス・クラインと改めて会ったのは
朝食を終え、部屋へ戻ろうとしている時だった。
ラクスもちょうど、コンサートの打ち合わせが終わったようだ。
しっかりと目が合ってしまったので、無視するわけにもいかず
「どうも」
とぎこちなく頭を下げ、挨拶をする。
アスランやルナがいればまだよかったのに、こうして一人で会うとなんとなく緊張する。
サインのことなどすっかり忘れて、立ち去ろうとすると
「うーん…あなたどこかで会ったかしら?」
どこか間の抜けた言葉に振り返る。
「は?本気で言ってるんすか?」
相手がプラント1のアイドルということも忘れ、思わず本音が出た。
しかし、相手は気を悪くした様子はない。
「どこでだったかしら」
「昨日も、さっきもいましたけど…」
「え?そうだった?」
「…ザラ隊長しか目にはいってなかったみたいですもんね」
多少の皮肉をこめって言ったのに
「そうなの!」
あっさりと、のろけられた。
本当にコレがプラントを平和に導いた歌姫なのか…?
なんというか…バカっぽい。
「アスランといたってことは、あなたもミネルバのパイロット?」
「え、はい」
ここで、頼まれていたサインのことを思い出した。
きっともうこんなチャンスはないだろうし、
サインをもらわなかったことを、いつまでも根に持たれるのはいやだ。
なんだったら、もらったサインを二人に売りつければいいんだ。
「えっと…サインが欲しいんすけど…」
「ええ、いいわよ。色紙は?」
「え?」
「え?持ってないの?」
「はあ…」
「え〜ぇ!」
ちょっと気分を悪くしたようだ。
しかし、自分がサインを欲しいわけではないし、
色紙を渡さなかった二人が悪いのだ。
(もっとも、色紙なんて持って議長に会いにいけなかったが…)
「ま、いいわ。マネージャーが多分持ってるから。それあげるわ」
すぐに表情を変え、マネージャーらしき人物に近づいていった。
色紙を手に取ると、ラクスはいかにも書き慣れた様子で(当然だが)
サインを書いてくれた。
その横顔がどこかで会ったことがあるような気がした。
だがどこでだったか思い出せない。
きっと気のせいだろう。
そんなことを考えていると
「あなた名前は?」
「え?…シン・アスカ…です」
「シンね?」
何で名前…と思ったときには
ラクスのサインの横に「シンへ」の文字が。
「あ!」
「なに?いけなかった?」
ラクスが不思議そうに尋ねてくる。
さすがに…これは…。
だが、今からこれは俺んのじゃないから
もう2枚書いてくれというのはいくらなんでも…。
「や…なんでもないっす」
「そ」
満足そうな顔で色紙を差し出されたら
「どうも」
と受け取るしかない。
どうしようっか、コレ。
「ねぇ、シン!アスランはミネルバでどう?」
「は?」
なんでこの人は急にわけのわからないことを言うんだろう。
どう?って何が?
「だから、どんな風にしてるかってことよ!」
じれたように言う。
「どんな風って言われても…」
「みんなと仲良くできてる?」
仲良くと言われても…遊びで艦に乗ってるわけでもあるまいし。
だいたい、アスランに一番つっかっかているのは自分だし。
とも言えず、はぐらかそうと
「婚約者なら、自分で聞いてるんじゃないすか?」
と思わず言ってしまった。
ラクスは一瞬言葉につまった。
「…まあ、そうなんだけど!ほら!戦争中はあんまり会えないじゃない?だから」
そりゃそうだろう。
世界が大変で、戦っているときに
のん気に婚約者と連絡を取り合っていられたら、腹が立つ。
「心配することないんじゃないすか?あの人信頼されてるし、まあ実力は…俺も認めてるし」
「よかった!!」
そう言って笑ったラクスは本当にうれしそうで。
なぜ、彼女に人気があるのか
少しだけ、わかった気がした。
「アスランは?お部屋かしら?」
「たぶん…」
「そう!ありがとう!」
アスランの部屋へ行くつもりなのだろう。
走り出しかけたところで、振り返って
「あ、私これから出発するの。よかったらシンも見送りにきて」
と言い残し、無邪気な子供のように走っていった。
なんで俺が見送りなんて…
とは思うものの、
明るいラクスの笑顔は確かに皆に必要なのかもしれない。
戦う兵士に勇気を与えるのかもしれない。
自分はあんな笑顔を守るために戦っているのかもしれない。
しかし、あんな突拍子もない女が婚約者では
アスランも案外苦労しているのかもしれない。
今度アスランにラクスとのことを、からかってみようか。
まぁ、ヨウラン達に今日のことを言ったら
本気でセイバーのケーブルを抜きそうだな。
そんなことを考え、少しだけ頬が緩むのを感じた。